前回の更新の際に、
次は「自己肯定感」について書こうと思っていたのですが
何となく気が変わったので別のことについて書きますw
改めて当ブログの説明をしますと、
私自身の実体験と
想定の法則のオーソリティ、ネヴィル・ゴダード氏の言葉の数々より
「願望実現ってこういうことなんだな」
と思ったことを書いております。
初期の記事願望実現はなりたい自分の姿を想定するだけ②に紹介しました
ネヴィルさんのこれらの言葉(私個人の翻訳です)
あなたが願うものはすでに存在しています。
あなたはすでになりたいものになっています。
が、当ブログで最も、そしてしつこく言い続けたいことです。
私が当ブログでいつも言っています
「○○な私」というフレーズは
あなたはすでになりたいものになっています。
がベースになっています。
願望実現方法関連の書籍やブログでは
「なる」という表現をよく目にすると思いますがほぼ同じことです。
また、やはりよく書いております
「すべてが揃っている」というフレーズは
あなたが願うものはすでに存在しています。
がベースになっています。
願望実現方法関連の書籍やブログでよく目にする表現、
「すでにある」と同じようなことだと思ってくださればよいです。
どちらも同じ意味に思えるかもしれませんが
個人的に微妙に違うかな、と感じております。
たとえば「理想のパートナーがいる私」と
「私にはすでに理想のパートナーがいる」とでは
前者はただの主語で、後者は主語と述語からなる文章になっています。
と、文法の違いについて言及したいわけではなくてw
前者が「私」を主体にしているのに対し
後者は「理想のパートナー」が強調されている感じがします。
私的には前者のほうがしっくりくるので
当ブログでは「○○な私」を推しています。
なぜそのほうがしっくりくるのかというと
「私」を主体にしているので、
実際に物理的なパートナーがいようがいまいが関係ないからです。
後者は、理性(エゴ)が「で、どこにいるの?」と証拠を見つけたがります。
「どこかの次元にいるんだよ」「で、どこに?」
と、延々ループする恐れがあります![]()
そこを打開する必要があります。
まあ、「理想のパートナーがいる私」でいても
理性(エゴ)が「いやいや、いないじゃんw」となりますが
「……と思っている、理想のパートナーがいる私」と帰結できます![]()
cf. 「〇〇な私」を取り消さないコツ
「なる」は自分を望ましい姿に定義して既成事実にすること
「すでにある」は望むものがすでに存在していることに気づいて信じること
もしくは望むものがすでに存在していることを既成事実にすること
そんな違いかな、と思います。
どちらの表現がしっくりくるかは人それぞれです。
みなさまの好きなように想定してくださいね![]()
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