非行で少年審判を受けている少年らが、兵庫県尼崎から東日本大震災の被災地へ、ボランティア活動に出向いている。90回近く宮城県気仙沼市を訪れた尼崎市の阪神共同福祉会理事長、中村大蔵さん(73)=同市小中島=が、補導委託で預かった約20人と現地の老人ホームや仮設住宅などを訪ね、仕事を手伝う。中村さんは「被災地の風景や人との関わりが少年らの今後につながれば」と願う。(小谷千穂)
先月22日、気仙沼第二保育所では、10代半ばの少年が園児にサッカーを教えていた。中学では県大会に出場するほどの選手。4日間、同保育所で過ごした。「帰るぞ」と中村さんが声を掛けると、少年と離れたくない園児は「いやだいやだ」。最後にひな飾りの前で記念撮影し、少年の膝には2人の園児がちょこんと座った。「また行きたいな」。帰りの飛行機で少年はつぶやいた。
中村さんには、窃盗や薬物使用、暴力などの非行があった少年が家庭裁判所から一定期間預けられる。少年審判の途中に、他人の下での生活態度を見てから処分を決める「補導委託」という制度。中村さんは、これまでに約80人と接した。園児にサッカーを教えた少年も非行歴があり、2月初旬から預かっている。
中村さんは、東日本大震災の約1カ月後に東北を訪れ、関わり続けてきた。「先に経験した者として伝えるべきことがある」。阪神・淡路大震災が起きた当時は、尼崎の特別養護老人ホームの施設長。お年寄りの安否を確認し、仮設住宅の運営や生活支援に奔走した。
気仙沼で数日間滞在する費用は中村さんが負担するか、寄付金を充てる。少年は現地の保育所や老人ホームで清掃や配膳などに励む。
「においや雰囲気は、実際に行かないと伝わってこない」と中村さん。海岸の傾いた松の木、津波にさらわれた街並み、造成中の巨大な堤防-。中村さんは「現実を見とけ」と語り掛けると、少年らは「ここでも人が亡くなったんか」「津波のときどうしたんや」と問い掛けてくるという。
「来た意味あったわ」とつぶやいた子も。ただ、中村さんはそれぞれが感じたことを尋ねない。いつか、成長の糧になればと願う。
3月初め、園児とサッカーを楽しんだ少年は、再び気仙沼を訪れるはずだったが荒天で中止に。気仙沼で迎えるはずだった誕生日。しばらくすると、気仙沼第二保育所から、少年を祝うつもりで用意されたケーキの写真と、帆布のかばんが贈られてきた。少年は「また会えたらいいな」と目尻を下げた。