昨日のカウンセリングは3月に受け始めてから

もう6回目だったのか7回目だったのか。

 

 

体の不調もあったし、ここしばらく気分が沈んでいたので

先生に会っても、特に私から話はしなかった。

 

 

先生は、前回の話の続きをして、

 

 

「あなたが感じることはおかしいことじゃないよ、普通のことだよ」

「それについてあなたはどう思う?」

 

 

と私に聞いてきた。

 

 

これは前回の話の続きで、【私が「嫌だ」と感じること】への対処法だった。

 

 

自分が「嫌だ」と感じていることを相手に伝えるのか、それか伝えずに「我慢」して「流す」(流せる場合はいいけれど、流せない場合はただの「我慢」になる)よう努力するか。

 

 

これについての話を少ししてから、私は母を失ったことに伴って出てくる今の自分の感情について先生に話し始めた。

 

 

それは私が病気になってから、そして母の病気が判明するまで、

そして判明してからのこと、闘病のこといろいろだ。

 

 

時々涙を流しながら、抑えきれない感情を先生に話した。

 

 

先生はうんうんと頷きながら

 

 

「大変だったね」「それは辛かったね」と私に同調した。

 

 

だいぶん泣いて、だいぶん自分の気持ちを話した。

 

 

あぁだった、こうだった、そしてこう感じていると。

 

 

泣きながら私は、「カウンセリングが終わったらこの部屋から出なければいけないし

その時にこんな泣きはらした顔じゃだめだわ、終わるまでにある程度泣き止まないと」なんて冷静に見ているもう一人の自分もちゃんといた。

 

 

カウンセリングの終盤に、「大切な人を亡くなった人に対しての心理療法はないんですか?」と先生に聞いた。

 

 

先生は「あるよ」と答えた。

 

 

 

「次回からそれをやりましょう」

 

 

 

と先生は言っていたが、、あるならなぜ今日のカウンセリングの中でしなかったのか、と

ふと思ったけれど、、

 

 

 

まぁいっか。

 

 

終わりの時間が近づいて、今日のカウンセリングは終わりだ。

 

 

今日はただ、私が泣きながら話するのを聞いてもらうだけの時間だった。

 

 

先生は最後に

 

 

「そんな大事な話を私に聞かせてくれてありがとうね」と何度か言った。

(それしか言うことがなかったのか?なんて今思ったりする)

 

 

 

私は「聞いてくださってありがとうございました」とお礼を言った。

 

 

 

帰りの気分は来たときよりも違っていた。

 

 

 

それは、カウンセリング前に受けた病院の診察で、自分の体にある今の痛みの理由が大方わかってすっきりしたことも手伝って気分が軽くなっていた。

 

 

 

カウンセリングの前の晩は、一人でだいぶ泣いていたけど、

 

 

「1人でただ泣く」のと、

 

 

「こうして守られた空間で、人に見守られながら泣く」というのは

全然違う効果があるのだなと思った。

 

 

「1人で泣く」のと、

 

 

誰かがいて、誰かが自分を見守ってくれていて、

ただその人が黙っていても

 

 

見守られながら、自分の気持ちを話し、泣くことは

心に良い影響があると思う。

 

 

昨日のカウンセリングでそう思ったキラキラアップ