世見
2023年5月5日(金曜日)
習近平と毛沢東
今日は「こどもの日」です。こどもと平仮名なのは、子どもが読めるようにしたからなのですよ。
端午の節句ってね、元々は、若い女性が菖蒲などで葺いた家根の下で身を清め、厄を祓う風習だったのです。
ところが、菖蒲が尚武(武道)に繋がることから、男の子の節句になったのです。
お子さんがおられるお家では、ワイワイと楽しい時間をお過ごしになってくださいね。
いきなりですが「毛沢東は死んだ」と書きたくなりました。
毛沢東が1976年9月9日に死去したのは事実ですが、習近平氏の心から、毛沢東なる人物が姿を消したとしか思えないのです。
今年で没後47年を迎えますが、今も尚、毛沢東の巨大な肖像画は北京の天安門正面に飾られています。
そりゃね、習近平氏は毛沢東思想を強く主張して来ました。
でもね、第2の毛沢東の位置付けは果たせた、と思っている気がして来ているのです。
何故、こんなことを思うのかはわかりませんが、権力を握ると人の命は変化します。
「党は人民の為にある」と毛沢東は言ったかもしれませんが、本心だったとは思えません。
でもね、習近平氏の作戦の中に、毛沢東の神格化があるのかもしれません。
毛沢東教とはいかないまでも、宗教は心をひとつに出来る武器でもありますから。
毛沢東は確かに死去しましたが、思想は世界各地に広がってもいます。
近代化が進む中国に於いて、今、習近平氏やるべきことは「国民の心の統一」です。
その為にも、いまだに毛沢東の思想を支持する人達の団結が必要です。
毛沢東の神格化は難しいかもしれませんが、他の宗教がはびこるのは許せないのがわかります。
「習近平氏が第二の毛沢東になる日はない」と書きたくなります。
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