地球の内部では高温でドロドロに溶けた物質(鉄やニッケル)が、地球の回転(自転)によって流れながら回っている。このように動くと、発電機と同じように電気が起きる。
これが、電気が流れているのと同じような状態になっていて、そのため地球自体が“大きな磁石”になっていると考えられている。


地球上ではN極が『北』、S極が『南』の方角を指していますが、これが逆転して入れ替わってしまうことをポールシフトと言う。
『ポールシフト』はこれまで実際に起きていて、少なくとも過去に11回もあったらしい


『ポールシフト』が起きる原因が“地球内部の動き”であることは分かっていますが、実際にどんな動きによるものなのか? まだ分かっていない。

『ポールシフト』が起きると、『宇宙線』という宇宙からの有害なエネルギーの粒子の直撃を防ぐ力が弱まってしまう
宇宙線』が地球に直撃すると、地球の生物や通信施設、電力施設などに悪影響が出る可能性もある。

 




北磁極とは、北半球の地表面で磁力線の方向が鉛直になる地点である。自転軸の北端にあたる北極点は常に一定である一方、流動する溶鉄のコア(核)によって生成された北磁極は移動し続けている。1990年代以降、その移動速度は加速しており、最新の衛星データでは、北磁極が過去400年間で最速のペースで北極圏を移動していることが示されている。





地球は磁石の性質をもっているため、私たちは方位磁石を使って方角を知ることができます。しかし、方位磁石の北と地図の北(本当の北)はずれており、そのずれの角度を偏角(へんかく)といいます。偏角は場所や時間によって変わり、このことは、地球内部で発生している磁気が地球規模で複雑に分布していること、磁気が刻々と変化していることによるものです。

 この50年間の偏角の変化は、例えば東京では西へ6度20分から7度40分と西へ1度20分ほどずれが大きくなっています。かつて、伊能忠敬が全国の測量を開始した1800年頃は方位磁石と地図の北はほぼ一致していました。また、チバニアンで代表されるように数百万年の間に地球の磁気が南北逆転(偏角が180度変化)した時期が何度もあること、磁北極の動きが速くなっていることなど、変化が激しいのが特徴です
 



磁場が変わる時には
海流が変わり、気流が変わって、気候が変動するといわれています。。


ひふみ神示
神が大難を小難にして神々様御活動になってゐること眼に見せてもわからんか。天地でんぐり返るぞ。やがては富士晴れるぞ。富士は晴れたり日本晴れ。元の神の世にかへるぞ。日の巻終りて月の巻に移るぞ。

スサナルの神はこの世の大神様ぞ。はじめは🌀であるなり、(うご)いて月となり地となりたのざぞ。アは(ヒツキクニ)の神様なり、(ヨ)は月の神様ぞ、クニの神様はスサナルの神様ぞ。この事はじめに心に入れれば掃除タワイないぞ、グレンとは上下かへる事と申してあろうがな、云ふてはならぬ事ぞ。いはねばならぬ事ぞ。

世が引繰り返って元の神世に返るといふことは、神々様には分って居れど、世界ところどころにその事知らし告げる神柱あるなれど、最後のことは 九(こ)の神でないと分らんぞ。

天地ひっくり返ると云ふことはミタマがひっくり返ると云ふことぞ。神示読みて聞かせよ、目も鼻も開けておられん事が、建替への真最中になると出て来るぞ、信仰の人と、無信仰の人と、愈々立分けの時ぢゃぞ、マコト一つで生神に仕へ奉(まつ)れよ。


世界中を泥の海にせねばならんところまで、それより他に道のない所まで押しせまって来たのであるが、尚一厘のてだてはあるのぢゃ。大神様におわび申してすっかり心を改めて下されよ。神々さまも人民さまも心得ちがひ多いぞ。泥の海となる直前にグレンとひっくりかえし、びっくりの道あるぞ。

八方的地上から十方的地上となるのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変るのであるぞ

今に大き呼吸(いき)も出来んことになると知らせてあろうが、その時来たぞ、岩戸がひらけると言ふことは【半分のところは天界となることぢゃ、天界の半分は地となることぢゃ】、今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸はひらけんぞ、今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ、一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れかえて、ミロクの世の人民としてよみがへらす仕組、心得なされよ、神様でさへ、この事判らん御方あるぞ、大地も転位、天も転位するぞ。

マコトでもって洗濯すれば霊化される、半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物の肉体とならねばならん、今のやり方ではどうにもならなくなるぞ、今の世は灰にするより他に方法のない所が沢山あるぞ、灰になる肉体であってはならん、原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ、今の物質でつくった何物にも影響されない新しき生命が生れつつあるのぞ。岩戸ひらきとはこのことであるぞ、少し位は人民つらいであろうなれど勇んでやりて下されよ。