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第二代天皇から、第九代天皇までを、
欠史八代と言います。
各天皇に関する記述が、とても少なく、
初代 神武天皇は、第十代 崇神天皇をモデルとしているようなので、
初代と十代を同一天皇とみなし、その間を繋ぐ架空の存在では?
と考えられてきました。

しかし、各天皇の系譜から、春日臣ーかすがのおみー、
蘇我臣ーそがのおみーなど、「臣」姓
( 皇室と、男子血統で繋がる、臣籍降下した分流・庶流 )
の主な氏族が出ていることに注目が集まり、
更に、各天皇の皇后に、三輪・葛城の氏族の比売が多く選ばれている事から、
この欠史八代を、大和政権が確立される前に存在した古代王朝、
「葛城王朝」と考える説が浮上してきました。

個人的には、この説だったら面白いな。と思います。



第二代 綏靖天皇ーすいぜいてんのうー

       神沼河耳命ーかむぬなかわみみのみことー
       『日本書紀』では、神渟名川耳尊と表記。
父  神倭伊波礼毘古命

母  比売多々良伊須気余理比売命

兄弟 日子八井命
   神八井耳命

皇后 『古事記』では河俣毘売ーかわまたびめー
          (磯城県主ーしきのあがたぬしー 波延ーはえーの妹)
     『日本書紀 本書』では、五十鈴依媛命ーいすずよりひめのみことー
          (母方の叔母にあたる)
     『日本書紀 一書』では、糸織媛ーいとりひめー
          (春日県主ーかすがのあがたぬしー 大日諸ーおおひもろーの娘)

御子 師木津日子玉手見命ーしきつひこたまでみのみことー
                  (第三代 安寧天皇ーあんねいてんのうー)

享年 『古事記』45歳 『日本書紀』84歳
紀元前632年誕生~紀元前549年5月10日没 
即位日 紀元前581年1月8日
『日本書紀』より
宮 葛城の高岡宮ーかつらぎのたかおかのみやー
陵墓 桃花鳥田丘上陵ーつきだのおかのえのみささぎー
 

何をした天皇かは、こちらで書いたので省きます。

ご神徳 戦いの守護
    あらゆるご神徳
    家内安全

 

 

ここからは亜紀がお送りします。

が、何をした天皇かはこちらで書いたので省きます。

と、言うのは冗談です。

 

私はひったくった位しか書いてませんからね(笑)

 

では、早速コンタクトをとってみましょう。

 

 

第2代天皇とされる綏靖天皇。

父は神倭伊波礼毘古命

母は比売多々良伊須気余理比売命

ですが、父よりも、

母の一族の教えや習慣を色濃く引き継いでいる。

 

ちょっと現代では受け入れにくい、

血なまぐさい事もしているかもね。

でもそれは母方の一族、

大物主神の一族の習慣や考え方であって、

一つの誇り高い慣習として、

本人はあまり疑問にも思っていない。

 

どんな事かはあえて書かないけども。

 

なんかね、

「大和朝廷」

とかの意識もないよね。

 

何より、乗っ取りに来た一族を、

なんやかんやと血で退けた感があり、

三輪、葛城一族としての意識の方が強い。

 

だからか、

道臣命大久米命とはあまり仲がよろしくない感じ。

表面上はね、自分たちが進言して正妃に迎えた人の子供だから、

あまり反発も無いけど、

相容れない所があるようだし。

 

統一した王朝と言うには、

まだまだの規模なのでしょう。

 

 

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神使については、こちらをご覧ください。
 
鬼ーおにー
ご利益 悪霊・厄除け、五穀豊穣、招福

オニの語源は、
「隠ーおぬー」= 隠れて目に見えぬもの。
「オ」 = 接頭語・敬語 +「ニ」 =  尊敬・畏怖を表す言葉が
合わさって出来た言葉。
の二種類があるとされています。



古くは、人と神の中間にある、目に見えない精霊。
または、荒々しい性格を持つ神であったものが、
山の神、もしくはその使いとなり、
やがて、仏教と共に入ってきた餓鬼や疫鬼、
地獄の鬼のイメージが合わさり、
人に害を為すものへと変貌していったのです。

平安時代になると、
山中や橋のたもと、門といった、
異界に通じると言われる場所に現れ、
人を食い殺したり、連れ去ったりするようになり、
渡辺綱ーわたなべのつなーや、
源頼光ーみなもとのらいこうーの鬼退治に代表される、
残虐非道な鬼の姿が定着するようになりました。



古代においては、『日本書紀』の中に、
「鬼神 = 荒々しく恐ろしい神」
「逆神 = 災いをもたらす神」
という言葉が登場しており、
朝廷に与せず、反乱を起こす人々を指していました。
それは、主に神武天皇 ( = 弥生人 ) より以前に住んでいた、
先住民 ( = 縄文人 ) で、後世に、土蜘蛛や鵺、
そして、鬼と呼ばれるようになる人々でした。

朝廷を正義とし、各地を征服し制定していく為には、
逆らうものは、異形であり、野蛮なものでなくてはなりませんでした。
元々は、自然の中に潜む、得体の知れない、目に見えない恐怖
( 暗闇だとか、急に天気が変わる山だとか、薄暗い森の中などで感じるもの )
だったものに姿を与えることで、コントロールしやすくする方法をとったのです。



その一方で、人々は、オニに対して、
「畏怖するもの」
「尊敬するもの」
「守護してくれるもの」
という認識を持ち続けました。
それは、現代でも、
神鬼ーしんきーや、なまはげ、鬼鎮様ーきぢんさまー

という言葉や風習として残っています。

恐ろしく、強いものであればあるほど、
味方につけた時の頼もしさを知っているから
とも言えるでしょう。
それは、仏教の鬼でも同様で、
元々は、仏法に敵対していた夜叉が調伏されて、
護法善神として神将となり、
地獄では、獄卒となった鬼が、
罪を犯した人を罰する手助けをするのです。
( 実際鬼がいなかったら、地獄って仕事が回らないんでしょうね )



悪しきものが、守護者となるのは、
「弁慶と牛若丸」
でも有名です。
特に、御霊信仰なんか、最たるものではないでしょうか。

味方につけると、
災厄を除き、福を招くとされる鬼神は、
陰陽師や、役小角などに使役されていたと伝えられています。

役小角が使役していた鬼と言えば、
前鬼ーぜんきー・後鬼ーごきーの夫婦鬼が有名ですが、
その子孫が、現代にまで続いているのには、
大変驚きました。
61代目となった方々は、
1300年前に開かれた宿坊を続け、修験者を助けていたり、
最高裁判所判事を務めたり、
福祉業界向けの会計ソフトウェアの会社を設立していたりと、
今もご活躍されているようです。
 

 

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