私の心の中の音楽に対して
真面目な部分(超少数派)が
先日意を決したように
怠惰な部分(圧倒的多数派)に対し
「君たちはこれでいいのか!
例のドビュッシーの
このまま放置して
悔しいとは思わないのか!」と
大演説をぶちまして。
・・・『アラベスク』、
現状としては「譜面の
音符通りに指を動かせる」
程度の仕上がりで、
あのほら、ポリリズム?
ポポリズム?
右手と左手が違うリズム
(『ポリリズム』が正解)を
刻む旋律に
苦戦していた頃からしたら
相当な躍進ぶりなんですよ。
少なくとも正しい鍵盤を
正しい指(たぶん)で
指示通り押せているし、みたいな。
あとペダルも踏めている。
で、私のような
ヘボ方向のピアノ弾きはですね、
こうなると満足しちゃって
そこで音を磨くのを止める。
だって楽譜を見れば
なんとかなるし、みたいな・・・
暗譜は後日っていうか
それは高望みっていうか・・・
しかし流石私は
私のことをよく知っている、
心の少数派は多数派の
良心に訴えることを早々に諦め
「・・・でもさあ、ここで
練習を止めたら
元の木阿弥っていうか・・・
音が錆びついたら
その錆をとるのに
倍の時間はかかるよね、
それって得か損かでいうと
損、それも大損じゃない?
実に勿体ないことだよね!」
この一言が私の
吝嗇魂に火をつけた!
というわけで真面目に
『アラベスク』を
仕上げにかかっています。
具体的には・・・
強弱記号とテンポ記号を
改めて確認して
その指示に従い始めています・・・
えっ?今まで楽譜の
何を読んでいたんですか?
というそこの音楽巧者!
貴様はお呼びではない、
さっさと自分の楽器の前に帰れ!
私レベルのヘボは
楽譜通りに鍵盤を押せて
ペダルを踏めれば
もうそれで大満足なんです!
・・・まあそんなこんなで
強弱とテンポを
意識し始めたじゃないですか。
すると・・・
これはわかってくださる方と
わかってくださらない方が
完全に二分すると思うんですけど・・・
私、強弱とテンポを
意識してピアノを弾くと
とたんに挙動が物凄い
『本格派の演奏家』風に
なるんです・・・!
こう、上半身が
うねり出すというか・・・
旋律の変わり目ごとに
鍵盤の上で手が躍るというか
いちいちポーズを取るというか・・・
あとね、自分で
言うのもなんですけど
顔も・・・顔っていうか
私、本気でピアノで
『音楽』を演奏しようとすると
表情がすごい陶酔した様相に
なっていくんですよね・・・
顔だけならショパンコンクール
本選出場者にも勝てると思う。
音は月とスッポンですけど。
私のこの癖は何だろうなあ、と
自分で自分に呆れつつ
しかしここで照れていては
これ以上の上達は見込めない!と
鍵盤前でぐねぐねしておりましたら
こういう時に限って
夫(英国人)が部屋に来る。
でも誰かが来たからそこで
ぐねりを止めるのも
恥ずかしい気がして
そのまま練習を続けていたら
・・・夫め、部屋の中央で突然
音楽に合わせて踊り出しやがって・・・
わが夫は多才な人間ではありますが
音楽・舞踊方面は苦手としており、
いや、『苦手』というのは
違いますね、学生時代の
夜遊びで普通に踊ったりは
していたんです、
ただその当人が思う『普通』が・・・
友人間では「彼の踊りを見ると
何もかもがどうでもよくなる、
笑いが止まらず
強制的に幸せになる、あれは
鬱治療とか自殺予防に
使える」まで言われており・・・
そんなものを見せられて
どうやって『アラベスク』の
あの優美な旋律を
表現しろというのか。
無理矢理一区切りつけたところで
夫を叱責しようにも
その時は夫の舞踊効果で
こっちは笑いが
止まらなくなっていて
「・・・なんだ君は!
人が真面目に練習しているのを
邪魔しに来たのか邪魔しに!」
「お茶をいれたら
飲みますか、と
聞きに来たんです」
「それで踊る必要が
どこにあった?」
「だってあんまり
きれいな音楽だから・・・」
・・・これまでは私が
『アラベスク』を練習していても
夫は別に踊り出さなかったのです。
これはつまり上達の証・・・?
音楽にはやはり強弱とテンポが
大事ということでしょうか。
そんなこんなで
『アラベスク』、練習中です。
楽器を顔で演奏しがちな
ぐねりうねり系のあなたも
演奏時は無表情を基本とし
ぐねりうねりを排するアナタも
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