役目を手放す時期。 | さくらの心の壁解体日記




私がずっと接客業を選んでる理由が

なんとなく分かった気がした
件について(´・ω・`)






これは、心に向き合うようになってから
ずっと考えてたことなんだけど


仕事だけにとどまらず
全ての事や人間関係において

私は「出し惜しみ」してるのかな?と。


くれくれ星人だから(´-ω-`)




「無い」と思い込んでるから
出したくないのかな?

本当はまだまだ出せるのかな?

本当は「ある」のかな?



それとも逆?

何か受け取り拒否してるのかな?

って、ぐるぐるしてて。




ぢんさんのブログを読んでて


例えば、特に私の悩みと同じ

働けない系
働きたくない系の悩みね?


私の素人目には
ほぼ同じような状況の人達に対して


片方の人には頑張って働けと言って

もう片方には頑張るな
働くなって言う。



たぶん、私の状況に似てると
フィルターかかって
理解が出来ないだけなんだろうけど

私の場合はどっちなんだろう?と

混乱するわけで。



そのことが常に頭の片隅にありつつ
生活してたんですが



この前、母と話てる時に

思わず口に出さずには
いられなかった言葉がありました。




母と会うようになってから
私の子供の頃の思い出話を
聞く機会が増えたんですが

しみじみ、しばらく母と距離を置いてて
良かったんだなぁと思いました。


縁切りという強制執行な形だったけど

私自身が母との間に精神的な境界線を
引けるようになるには
必要な時間だった、と。



私の子供時代の話には
笑い話も沢山ありますが

とにもかくにも
「お姉ちゃん」として

自己犠牲と我慢
人に(妹や親)尽くすこと  助けること
守ること  世話をすること
ちゃんとすること  甘えないことを

「正しいこと」
「当たり前のこと」

ひいては
「長女の宿命だから諦めろ」
と実際に言われ育てられたんだと
本人の口から聞いて分かりました。


これがよその家庭の子供だったら?と
妄想しながら聞いてると

この子、どこにも逃げ場ないよ?
この子、大丈夫かしら?

と思う。


私可哀想!とは、もう
さすがに思わないけど

よく生きてられた!
すごいわ!強いわ!

と、幼かった自分を
労ってあげたい気持ちになりました。



それとこの間
幼なじみのお母さんが平均寿命より
まだまだ若いのに亡くなったことで

自分の人生はあとどれ位の時間が
残されてるんだろう?

と、リアルに考えさせられたんですね。


そうしたら

私は今までの人生
何をしてきたんだろう?!

親から愛されたい一心で
親を幸せにしたい一心で
自分を後回しにして
生きてきてしまった!

若くて体力が沢山ある
素晴らしい時期を
そういうことに費やして

自分の幸せの為や
楽しみや遊びの為に
使わないできてしまった!

もうこれからは老いていくだけで
思うように体が動くのも
今までの人生より短いんだ!


と、気付いてしまったら
仕事中なのに悲しくて
涙が止まらなくなった(;´д`)




で、そんなこんなが自分の中で
膨れ上がってきてる時期に

母から昔話を聞きながら
思わず口をついて出た言葉。
やっと本題w



もう人に尽くすのは嫌だ

もう人の役に立つ為に
何かをするのは嫌だ

そういうの、もういい

これからは人に尽くされたい

人に守られてお世話されて
大切にされて生きていきたい



母に言うでもなく
誰に言ってるでもなく
叫ぶでもなく

ただ ただ
腹の底から
魂の底から
絞り出すようにして出てきました。



そしたら、

いつもなら「べき」を振りかざして
お説教が始まるはずの母が

静かに「……そっか」と言うだけでした。




あ!
反論されなかった!と驚いたのですが

その瞬間に


たまたま
なんとなく
それ以外出来ないから
他に何も思い付かないから

そんな理由でずっと選んできた
接客業という仕事。



「お姉ちゃんの役目」を
果たす為に
選んでたんだ(○_○)!!



と、ストンと腑に落ちました。




確かに
生きてくる中で身につけた「得意」を
いかせる仕事ではあった(*_*)


人と一切接しない仕事というのも
なかなか難しそうだけど

もう少し静かで落ち着いた
環境に行きたいなと思いました。