今から10年ほど前
心理学の勉強をはじめて、
目から鱗な体験をたくさんした。
そのときに知った、
印象的なことの一つに
子供の頃に
大人をずいぶんと冷静に眺め
周りの子供を幼いと感じて
どこか、冷めた視点で
物事を眺めてきた人が多くいたこと。
私は、
大人のこと、よく見ていたけれど
それは、俯瞰で見ているというよりは、
この人はどんなことを考えているのかな?
と一生懸命考えていた。
あとは、帰り道鼻歌うたったり、
靴下が片足半分くらいずれていても
あんまり気にしなかったり
どことなくのほほんとしていたように
思う。
だから、
それまでは
子供🟰純朴🟰可愛い
というようなステレオタイプ的な
味方をしているところがあって
子供の頃から大人びた考えをして
それを敢えて、大人には
話してこなかった、
密かに、子供扱いする大人を
少し疎ましく思っていた、
などと
聞いたときには
正直、びっくりした。
だから、
自分の子が産まれたときは、
あんまり
それまでのように
子供に自分勝手に
純粋さを
求めるのも違うのかもしれない
と思ってきたのだけど、
いやいや
純朴な面もたくさん持ち合わせている子でした。
まもなく四つという歳にあって
大人顔負けの鋭いことを言ったり、
大人が何を喜び、何を嫌がるかには
おそらく敏感ではあるとは
思うのだけど、
そして、それぞれ、息子だけでなくみんな多面的に
色んな面を持ち合わせているのだろうけど、
彼の中の純粋で天真爛漫な部分が前に出る時、
私は微笑ましく思う。
そして、
そういう部分だけでは、生きられない、
早く大人にならなちゃくちゃ、と
頑張ってきた私は、
今は、そんなことないなーと思う。
自分の中の純粋で天真爛漫な部分が
私を今に向かわせたと思う。
そういう部分に守られて生きてきたと
思う。
私の純粋さ、天真爛漫さ
大切にしたいと、彼を見てると
よく思う。
読んでくれてありがとう
また書くね
タオさきでした



