1度目の結婚が最速離婚だったお話の続きになりますが
最後は東京高等裁判所まで行くことに

悪阻が酷く、離婚に向けて弁護士さんに依頼し
諸々の手続き。
調停に至るまでってまぁ、時間がかかる。
結婚に至るまでから、離婚になるまでの経緯を
事細かく聴取し、文書にしていくわけです。
あまり覚えていないことも思い出し
何回もチェックし、家庭裁判所に提出。
離婚調停は入籍した時の住所管轄で行うため
私は悪阻が落ち着いたと同時に
埼玉県へ。
それと同時に埼玉に置いていた、車と荷物を引き取りに行くわけです。
元夫がいないかドキドキしながら
友達に協力を得て実行。
仕事の時間を狙い手早く荷物をまとめたわけですが、あまりにも腹がたっていたので
テレビ、洗濯機、冷蔵庫のコンセントを切断し、
私が買ったDJ機材を持ち出し友達に売り、DJが出来ないようにしたのです

コレは精一杯の攻撃

今考えると非常にショボい

だけど妊婦の私が出来た最大の嫌がらせ

東京の友達の家に一晩泊まらせてもらい、
翌日の早朝に東京から、岡山まで車を運転して帰りました

運転しても運転しても着かなない…
悪阻も完全に治ったわけでもなく、吐き気と眠気と戦いながら12時間くらいで無事帰宅。
この運転をきっかけに元走り屋で大好きだった運転が大嫌いになったのです

そして何度か埼玉まで調停に足を運んだのですが、驚くことに元夫は調停に来ないという…
何故か離婚したくないの一点張り

呪ってやろうかと思いましたよ

でも、婚姻生活が無駄に続いたため、
離婚成立までは私に対しての生活費が支払われることになったので、そこはラッキーだったのです

そして、出産に向けて一時調停は休廷。
出産後半年ほどで、弁護士さんと家庭裁判所の方の配慮で埼玉ではなく、1度は岡山で続きができることに。
ここでも元夫は出廷せず、なかなか話しが進まない…
今度は、早く離婚成立しないと乳幼児医療が使えないことが判明。
長引く調停と弁護士さんの費用も心配になり、
私は自分で調停を進めることにしました。
結局、長引きすぎて最終的に東京高等裁判所へ

2歳になるくらいの息子の手を引き東京まで行きました

やっと元夫も現れたので、話しは進みました。
調停員の方が顔は合わせることなく、
調停は進められると言ってくれたので少しホッとしここでやっと離婚成立

あまりにも長い調停とヨチヨチ歩きの息子を連れて、毎回真面目に足を運んでいたため、調停員の方も私の味方的な意見になり、結果よかったのかと…
よく分からない達成感(。-∀-)
その後は一切連絡とることもなく13年間
息子と実家で過ごしました(*´∇`*)
この経験もあり、心理カウンセラーとしてやっていこう!って思ったわけです

色々勉強させて頂きました




