日本にいる時(もはや過去形)

『世界ナゼそこに?日本人』という番組を見てました。
いろんな人生の物語があるなぁ
私は海外で生活するなんて想像つかない
 
なんて思ってましたが、
 
自分ナゼベトナムで寿司屋?
というドキュメンタリーが始まるとは??
だし、
そもそもホーチミンってどこよ??
なんて話だったんです。
 
事実は小説よりも奇なり
人の話よりも自分の物語の方が遥かに強烈で
竜巻のように激しくたくさんのことを巻き込んで進んでいきます。
 
 
 
 さて、なぜ私はベトナムへ その①からの続き
 
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26歳にして老婆のような姿になってしまった、ベトナム人女性のフォンさん
この映像が紹介されたのは、2011年のこと。
私は後にYouTubeで彼女の動画を見たのですが、この時には彼女のことも、彼女の難病も、そしてもちろん『エラスチン』のことも知りませんでした。
 
そして、2015年
彼女は突然死でこの世を去りました。
まだ30歳でした。
 
 
彼女の『エラスチンが破壊されたであろう難病』は、私たちエラスチンを販売する事業者にとったら、エラスチンの必要性を猛烈にアピールするための最も熱い話題であるし、その見た目のインパクトは多くの衝撃を与え、人の記憶に残るものでした。
 
現実にこうやって、彼女がこの世を去っても
話題になるわけで…
 
 
でも、よくよく考えると、
彼女や彼女を愛する人々は、こうやって紹介されることを嬉しいとは思わないだろうなと胸が痛むわけです。
  
だって、あくまでも私たちは自分たちの利益のために彼女の画像を使い、そしてその使用料も支払ったことがないのですから、、、 
 
 
私が、過去の恥ずかしいビフォーをネット上に晒すのには、彼女を晒しものにするからには、自らも晒さないととどこかで思っていたのだと思うし、インターネット上におかれた私の画像を知らない人がその人の宣伝のために無断で使用したとしても、怒ってはいけないなと思うわけです。
 
 
最初は、たまたまご縁があって訪れたベトナム
エラスチン美容にご興味を持ってくれたSPAがあって、エラスチンを広めるために何度も来ることになったベトナム
 
そして、今
 
ひょんなことから、寿司屋を任され
日本に帰れなくなった今
 
改めて、このベトナムにこの身を置いて
私はここで何かをしなければならないのでは?
と、振り返るわけです。
 
だって、私は
日本を離れる必要もなかったし、 
仕事も順調で、家族もいて 
そう努力をせずに収入を得ていて
自らをわざわざ困難な方向に向かせる必要もなく 
ただただ幸せだったんです。 
 
なのに、なぜここに私が?
ただひとり
辛くて涙した夜も数えきれず
 
たどり着くのはやっぱり
私には使命があるのだというところ
 
エラスチンの奇跡をここベトナムで実証していきながら、フォンさんのような難病を患った方を助けることをしていかないと!
 
歩むべき道を見失うことで
人は悩み、苦しみ、迷うものですが、
自分の使命に目覚めたとき
人はまっすぐとその道に自信を持って
歩くことができるのです。