
農業について、
以前から気になっていたことがあります。
ドラマでも聞くことがあるセリフ。
「定年退職したら、里に帰って農業でもするか」
です。
二つ、思うことがあります。
一つは、
農という言葉と、農業という言葉を、私たちは普段から意識して分けて使っていないということ。
趣味と業は違うはずなのに、農業だけはなぜか、言葉として分けられないことがあるのです。
あ、「畑でもするか」とも言いますね。でもこれでも、趣味としても業としても受け取れます。
漁業(業)と魚釣り(趣味)は分けて使われていますね。
そして一つは、
誰でもできる、と思われているんや、という嬉しい気持ち。

ここでいう「農業でもするか」は多くの場合「農でもするか」の意味だと思いますが、
自動車製造や、PCプログラムや、整体なんかは、すぐに誰でもできるわけじゃないので、
「定年後は自動車製造でもするか」とは普通は言わないですよね。
たしかに、農はハードルが低く、誰でも土地さえ借りることができればはじめられる。
庭でも始められる。
そこに、日本の農業の明るい未来を見つけだせないかな……と思います。
誰でも小さな規模で始められる「農」
そこに販売がくっつけば、農業になれる。
小さな規模の、たとえば中山間地のお年寄りの農や半農半X、有機や自然農の小さな農が、農ではなく小さくても農業になっていくことが、農業の一つの道ではないでしょうか。
たとえ少しでも、野菜という価値と、お金という価値の交換が起これば、それは誇りにつながります。
有機農の仕事をしていたとき、小さい規模で有機農をやっている農家さんはたくさんいるし、小さな規模で有機野菜をほしい企業・個人もたくさんいるのに、それを「販売」でつなげることができていない現状をたくさん見てきました。
小規模負荷価値野菜の流通をビジネスとして立ち上げる動きもあります。
そのようなチャレンジには頭が下がりますが、どうしても、経費と運賃で、さらに価格が高くなってしまいます。
遠くに運ぼうとするだけでなく、地域の消費者が地域の付加価値野菜を支える社会、都会の消費者が地域に行ったときにそれを楽しめる社会。
そんな社会ができないかな、と思います。
もう一つ、思うことがあります。
それはまた別の機会に。