京都 岡山 キネシオロジー ブレインジム
リコネクション安藤晶子です。
ボランティアが終了しました。
私の中で、りんごへの認識が
新たになりました。
思わず涙ぐんだ、
ボランティア後のりんごです。
私の人生ストーリーにあった
りんごたちがいきなり蘇ってきました。
子供の頃は熱をよく出していました。
すりおろしリンゴに
何度となくお世話になりました。
小学生の時、
電子レンジが家に来てからは
焼きリンゴをよく作りました。
そろばんの試験の日の朝に
焼きリンゴを食べると合格するという
ジンクスが功を奏して?
2級までスイスイ合格できました。
大人になり、一人暮らしの時代には
リンゴを使ったケーキを焼いては
友だちにご馳走していました。
くし形に切ったものを敷き詰める
リンゴのバターケーキです。
紅茶ととてもよく合います。
焼き菓子に向くリンゴと
そうでないリンゴがあることなど
少しリンゴ自体に興味が湧きました。
私は、長野ボランティアに来て、
そのリンゴを実らせた
リンゴの木の実物を真近で見ました。
そんなリンゴ、
丹精込めて作られたものが
一夜にして奪われてしまいました。
出会いがありました。
りんご農家のかたに
お話を伺うことができました。
ここは大丈夫よ、ありがとう。
でも、ひどい地区があるよ。
そこに行ってあげて。
河川敷と自宅周辺で
リンゴを育てていた皆さん。
たくさんのりんごの木が
千曲川の水と泥をかぶりました。
町はボランティアによって
土が取り除かれたばかりでした。
畑には
泥まみれのりんごと綺麗なりんごが
落ちていました。
私たちが支援させていただいた方は、
自らもひどく被災しているのに
場所を提供して、生活雑貨や衣類を集めて
近所の人にチラシで呼びかけ
力を発揮している方でした。
私たちは、そのチラシイベントを
手伝うことになりました。
持っていった支援物資を合わせました。
被災者の方達が集まってこられました。
ほとんどがリンゴ農家さんでした。
衣類は、かろうじて床板がある
元和室であろう部屋に並べました。
「ズボンの下に履く暖かいのはないかなー」
「女用の上着が欲しいんですわ」
「分厚いソックスがありますか?」
そうです、ここは寒いんです。
何も寝る時の暖房器具がないのか、
電気毛布を必死で探す男性もいらっしゃいましたが
提供できませんでした。
ボランティアが終わり、
私には1つの疑問が湧いてきました。
それは、なぜリンゴだったのか
ということでした。
潜在意識を使って調べました。
リンゴ農家の何かが
行きすぎていたわけではありません。
リンゴは日本の底ぢからの1つ。
リンゴに目を向けて!
これがメッセージでした。
・・・毎年年末になると
弟に長野からリンゴが届き
私におすそ分けがあります。
今年はないかもしれませんが
あってもなくても
私のリンゴストーリーの1つです。
リンゴ農家の皆さん、
これまでお世話になり
ありがとうございました。
復活を信じて、
応援しています。














