(過去記事:あなたも私ももう楽になれるよ)



これは、私の内側にある柔らかい部分のお話。
私を構成する上で欠かせない私だけれど、
これこそが私、というわけでもない。



傷つきたくないので
誰かのために、なんて
綺麗事を言いつつ
自分のためだけに強欲に
生きてきたのが私なわけで。
必要なものは全部手に入れてきた。



本当に、君臨してきたのよ。
母になり、統合を重ねに重ね、
今では柔らかくしなやかに笑う私だけど。



人の死を見つめてきた。
愛する人の生死の狭間で、
魂を呼ぶことしかできない無力さと
祈りの凄まじさと、命の重みと儚さ。



言葉になんか言い現せないけれど
さっき書いたように私の内側は、
極限まで自己を犠牲にできたから。
自己を犠牲にできるという状態は
視点を変えれば
「絶大なる神への信頼感」でしかなく。



私が捉えている純粋なこの内側は、
確実にあなたの内側にもあるのだ。



絶大なる神への信頼感というのは
神の存在すら消えている状態で、
もはやそれは、神と同化している世界。



命の、重み。
生きている、ということ。



私はいつも、
生きていることに
喜んでいるだけなのです。



あなたの命。
あなたの大切な人の命。
明日もその命に触れることができるって、
どうして思えるの?