起きる全ての出来事を、
ひとつひとつ丁寧に自分に返していく。
誰のせいにもしない生き方は、
とても贅沢で、自分の魂を愛する生き方。
間違いも問題もどこにもなくて、
全ては自分が望んだ恩恵なのだ。
それが痛みを伴うように
見える出来事だったとしても。



なんか、涙が出る。
世界は、愛でできている。
本当に、有難いなあ。



例えば、身体を使った
性のコミュニケーションのお話。



幼い性を残している私は、
美しいあの人のようには上手に楽しめない。
知識ばかり多くて、経験が少ない私は、
まだ自信が足りない。
これも私の魂の筋書きだが、
暴力を受けたことがあるせいで、
男性恐怖症だった。水商売もSMも、
自分を守るために必要だった経験。
ある視点から見ると
私の性はまだ
「傷ついている」のかもしれない。



それでも、
どこにも傷など無いことを
知っている完全な私がいる。
私の身体は、
魂の核まで愛される快感を
思い出している。
私の幼い性すらも完全で、
私自身の成熟した性との対比でしかなく、
私は愛し愛され、
愛からも解放された世界を知っている。
私はただ、私の物語を楽しんでいて、
私のためだけに生きることができている。



私たちは、比べることで世界を知る。
ある時は光のように見え、
またある時は影のように見える。
太陽の位置によって
影のカタチが変わるように、
それは一定ではない。
そんな曖昧な鏡に、自身を映し傷つける。
光を追いかけるとき、私たちは影になる。



私たちの光と影は、同じ場所に存在する。
あなたが追いかけている光は、
あなたの影も内包していることを
忘れてはいけない。
光を追いかけ、光で在ろうとするあまり、
影を置き去りにする人が多い。
影は、置き去りにされればされるほど、
光を求めるだろう。だがこの世界は、
求めるものは、手に入らないのだ。



あなたの影こそが、
あなたの光であることを、
私は伝え続ける。
そう在るために私は、光り続ける。
そしてそこに映る私の影を、愛し続ける。