あなたの周りにいる人は
誰一人として、不都合であったり邪魔な人はいない
どんなに能力が劣っていると思っても
どんなに性格が酷いと思っても
その人は自分の集合意識において
必要性がある存在なのです
その人のエネルギー(量子場)が自分の
集合的な世界のエネルギー(量子場)において
帳尻があって調和している
ということです
集合意識はそれ自体、調和しようという力を持っています。
(岩尾和雄談)
とてもそんなふうに思うことはできないかもしれない
もちろんです
けれども、誰しも一人でこの世界に生まれてきたわけではないし
誰しも一人で生き続けることはできない
ならば、つねにずーっと誰かの存在に支えられて
生かされていたということ
あたかも
ホールケーキの中の一切れのスポンジのように
自分の存在は、周りの存在と
抜き差しがたくある
だから
自分の周りにいるどんな人の存在も
いまの自分自身と帳尻が合っているから
どんな人に対しても
「あなたが悪い」
「消えてしまえばいい」
と、一方的に言うことはできない
自分自身の周りにいる人や動物は
ホールケーキの中の一切れのスポンジのように
自分自身のエネルギーの総体の一部であるのだから
だから、自分自身が変われば
その結果として自分の周りの人も自然と変わる
ある存在は消えるだろうし
ある人の性格がガラリと変わることもあるだろうし
再び現れる存在もある
自分自身の集合意識を反映して
そのように、現実的な変化がもたらされるものです
だから
どんな存在でも
能力や性質や行動で一方的に断罪されることは
できないし、するべきではないと思う
どんな存在でも
いまのわたしたちの社会という大きな枠組みにおいて
必要性のある存在なのだ
少なくとも現時点においては
もちろんその大きな集合意識の場は
流動的に時々刻々と変化している
社会はそれを
犯罪者とかある病名や症状名をあてはめて
一方的に切り捨てようとするかもしれない
しかし
そんなことはできるはずはないのだ
彼らもわたしたちの抜き差しならない
一部なのだからー
だから
どんな子どもでも
どんな障害があっても問題を作ったとしても
それは家族や両親の集合意識の一部であり
生まれてくる存在は
現実世界の存在を助けようとして生まれてくるのだと思う
一概に社会的な概念や常識で
その存在を決めつけることはできない
そのような
多様性を認める社会にもっともっとなっていけば良いと思う。
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