
日比谷のFreshness Burgerにて。
ここは眺めが良くて空いていて意外に穴場。
ここのところ、
事故を起こしたり
身体の状態を壊したり
いろいろ起きてませんか?
最近は、過去を清算したり、余分なものを排出する
時期なのでしょうか、そんな方が多く
わたしも過去に直面する出来事がありました。
しかも、二日続けて
そのうちの一つは、わたしが以前、
とても想っていた方を偶然見かけたことです。
わたしの恋は、いつも一途。
相手の方を師や先生として愚直に思い続け、
犬のようにいつもご主人様の顔色をうかがって
行動するというパターンです。
はい。
とてもわかりやすく、
とても単純なわたし。
ご主人様という存在が、自分の生きる規範であり、
考え方と行動の基準であり
一つの法律みたいになってしまうので、
いなくなると、どうしてよいかわからない、
クンクン泣いているような、
どうしようもなさっぷりなのです。
そんなこんなで、15歳のときから
父親がわりにずっとおつきあいしている方はいました。
「物心ついてから恋人がいなかった時期がない」
と言うと、
「女子に嫌われるからそういうこと言わない方がいいよー」
と諭されます
でも、
明るく楽しく余裕で恋愛を楽しんでいたというより、
生きるために必死に相手を求め
自分自身の存在を成り立たせていた
という、ヒジョーに重ーいものでした。
わたしのパターンとして
一度お付き合いするようになると、
いつも心はその方で占拠され、
何をやっても、何を思っても、何を観ても
その方の想い、感じ方と自分自身のそれとを
同時に照らし合わせながら心の中でなぞり、
その方への想いで、
自分自身が窒息しそうになるほど、
激しく絞められる。
なんていう、自己完結的な一人プレイの極み
過去のわたしは、恋愛の苦しさが、自分自身の想いからくるとは
思っていませんでした。
相手と自分の間に境界を引いて、
自分の世界と混同しないことが、できなかったのです。
また
自信を持って生きるための、
自分が魅力のある女性であることの、
優越感を感じられることの、
一つの道具として、
相手の存在を利用していたところもあるなー
と、いまでは思います。
とほほ
相手にとっては、たまったものじゃないですよね。
でも当時は、それを認められず
こんなに想っているのに
こんなにいろいろやっているのに
こんなに努力しているのに
という理由で、自分をごまかし、
自分の想いを正当化していたのですねー。
はっはっはっは
そんで、先日そんな対象だった方をちらりと拝見して
そんな自分の過去がドオーンとやってきて
激しく動揺しました
過去ドオン
で、しばらく経って落ち着くと、
当時とは違う自分がいることにね、
気づいたのですよ。
自分が、
これまで自分自身のイメージの中のその人に出会って、
その都合の良いイメージを想い、
それが自分自身のためになっていた。
その方の実体を観て、おつきあいしていたわけでは
なかったのかもしれない。
そして、もう当時の自分には戻りたくない。
ということに、気づいたのです
いやぁー、よかった
過去と直面したことによって
過去と、しっかりと決別することができるよー。
うっひょひょーい、うれしいな

単純です...
過去はどんなことでも、肯定されたことによって、
過去の自分や出来事ではなく、
現在の自分が活かされる。
そして、いまの自分が明確になる。
過去は、ただの記憶としてあるのではなく、
いまの自分を活かすために、
存在する意義があるのですね
