先日の講座修了後のワインセレモニー
ここでいろんなトークをするのが毎回の楽しみ。
「恋人になる男性には相談されたくないし、弱いところ見せてほしくない!」
とある方が。
「えっ、でも自分の弱いとこ彼女に話せるってこと自体、強いって考えられない?」
とわたし。
「え”え”ー!やなのー。」
という駄々っ子ぶり。
「そっかぁー
」
と、その場は流れました。
それって彼女がわがままっていうのではなく、
自分の弱さを許せてないからなんだよなー
と、その後思いました。
(ま、もちろん彼女はそれに気づいているでしょうが)
自分に許していないことを、誰かがしていると、
それが夫であっても子供であっても母親であっても
(特に近い人に感情が動くことが多いですよね)
ムカッと感情が動いたり、許せない!
という反応が出ますよね。
相手の行為が第三者的に見ておかしい、というわけでなく
自分が禁じていることを堂々と悪びれることなくやっていること
に反応しているのですよね
わたしもありますよん
わたしの場合、間違った言葉遣いをしていたり
論理が通らない発言をしている方を見ると
イラッとします、はい
いやはや、小心な人間です
ま、それだけ自分自身に
「きちんとした言葉遣いをしよう」とか
「論理的に話そう」という制限を与えていて、
間違った言葉遣いをするとか(でも、けっこーやってますが)
筋道立ってないお話をすることを (でも、けっこーアホなこと言ってますが)
あんまり許していないわけですね。
なので、後で「間違ったこと言っちゃった!」とか
「バカに思われたんじゃないかなー」なんて
えらく気にするわけです、はい。
人がそうやって自分を判断していると勘違いしているのですね。
でも、本当に人をそうやって判断しているのは
自分なのです。
そしてそして、この許していない基準の大元は
「バカだと愛されないのでは」
「愛されるためにはきちんとしてないといけないのでは」
みたいな、無意識的に設定している基準があって
そこからくる怖れがあるからなのですねー
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夢が教えてくれたこと
結局は、出会う人に自分自身の心を投影している
ということでございます。
これは、波動でもそのように映し出されるのですよ。
(波動は無意識の表れですからね
)
自分の思う、自己評価した自分自身の
身体に映し出される波動と
自分に関係している不特定多数の人に
対したときに映し出される波動が
同じなのです。
ですから
反応を止めたい場合
自分自身をなるべく受け容れるようにすることですかねー。
受け容れていれば、許す必要もなくなるわけですし、
じょじょに許してないことから来る感情の揺れもなくなってきます

結局は、問題は他者や外側にあるのではなく、
自分自身にあるということですね!!
いやはや、あいかわらずの結論でしたー