昨日は同じクラスの女の子二人が遊びにきてくれました。
朝からきて、お昼も一緒にたべて5時くらいまで一緒。
今日もまた会えるのにね(笑)
お友達を見送った直後に
娘「今日は幸せな1日だったぁ(*≧∀≦*)」
「そっかぁ、それは良かったね」と言うと満面の笑顔でした。
子どもが幸せって感じていることは嬉しいなぁと感じました。
息子たちの子育てのとき、私は自分の気持ちを感じることがありませんでした。
怒るということはあっても、楽しい!!とか嬉しい!!とか幸せ!!とか、ほとんど感じていなかったかも。
表面的には楽しかったね、良かったねはあったかもしれないけどね。
それ以上に
〜であるべき。
〜やらねばならない。
〜〜でなければならない。
〜しなくてはいけない
ここにとらわれていました。
だから、いつも自分にも子どもにも評価がついてまわり、無意識に自分と子どもをジャッジ。
まだできていない!
まだ足りていない!
もっとやらなくてはいけない!
不足を責め続けていたのです。
だからね、私の周りは常に不足だらけ。
「満足」なんてことはどこにもない。
当然幸せなんて感じられないのでした。
ヒャ〜〜って今は笑えるけど、当時は笑えませんでした。
だっていつも不足だから、いつももっともっとを目指していたしね。
無意識にハードルを上げ続けることを自分にも子どもにもしていました。
感じる感情は「苦」だけ。
出来事を何でも「苦」で受け止める私の心のつぶやきは、いつも決まっていました。
・なんで私ばっかり
・どうしてこうなるの?
・誰が悪いの?
・誰のせいでこうなった?
・この責任は誰がとってくれるの?
・また私だけまた損をしている。
書いててチーンってなるけど、これらは全部その頃の私の心のつぶやきでした。
自分以外の誰かやもののせい。
心のつぶやきな見せる現実は、そうとしか思えないものでした。
ところがその心のつぶやきではどうしても上手くいかないことが出てきました。
思春期の息子たちと衝突した頃に娘が産まれたことです。
この私の心のつぶやきのままで子育てをしたら、また息子たちのときのように関係が悪くなるかもしれない。
まだ始まったばかりの娘の子育てだからこそ、今から変えられるものがあるかもしれない。
そう思えたときにやっと、自分以外の誰かやもののせいではなく、
私に何ができるのか。
私はどうしたいのか。
これを考えるようになりました。
出来事を自分の事としてとらえ直してみる。
そんな風に事実をとらえ直す取り組みを始めました。
そしてね、私が本当に願うのは
『子どもと仲良くあること。
子ども幸せ、私も幸せという自立した関係であること。』
ということがわかりました。
その自分の願うことが明確になって、色々な取り組みのモチベーションになっています。
もちろんね、娘と喧嘩することもあるけど仲良しであるし、だいたい私も娘も幸せだなぁ、楽しいなぁと思えています。
不足を見ているときは、どうしても自分も子どもも責めがちになります。
それはそこに注目しているからです。
その根っこには「いつもの心のつぶやき」が必ずあります。
そのいつもの心のつぶやきに気がつくと、それだけでも「あっ、またそう思っている」と立ち止まれます。
そして事実はなんだろう?ってとらえ直してみると、また違うものが見えてきます。
「客観的な事実をみて、とらえ直してみる」ということは、練習をすれば必ずできるようになります。
心のつぶやきが現実を作っているのです。
そのあなたの心のつぶやきをつかんで見ませんか?
それによって、お子さんやご主人との関係も変わってきます。
何より自分自身が、自分の本当に願っている生き方ができるので、スッキリします。
人のせいにしているときは、他人に自分の人生の主導権を渡しているときです。
自分の人生の主導権を自分に取り戻すと、それは楽になります。
時には誰かのせい!って恨み節が出ることもあります。
それでも「自分が道を選ぶ」ということが、自分への信頼にもなります。
結果を引き受けられる自分にもなれます。
娘が「幸せな1日だった」と思えるよう、彼女にも自分で選び決める人生を送ってほしいと願っています。
そのために私も「苦」の受け止めを変えて、この出来事をどう受け止めるか?
不足を見るのではなく、願いに向かうために何が自分にできるのか?
そんな受け止め方に変えていく取り組みを続けています。
その事実を客観的にみて、自分の心のつぶやきに気づいて、とらえ直す取り組みがまあるい心ワークです。
他の方と一緒に取り組んでみると、思わぬ自分に気づいておもしろいですよ。
個人セッションよりグループセッションのほうがお得です。
この機会にぜひ。
