兄弟・姉妹のみなさま
こんにちは
愛しあってますか![]()
今日はいただいた
メッセージを
ご紹介させていただきます。
長文ですので
お時間ある時に
お読みください。
藤波直子さま
いつも愛と魂の詰まった
メルマガやブログを
届けて下さりありがと
こんなにわかりやすく
魂に入ってくるメッセージを
言語化できるっ
といつも驚き感動しております。
今日は自分で考えても
どーしても明確な答えに
たどり着けない事が
思い切って
メールさせていただきました。
トリマーで独立した時から12年、
私の娘であり、
母であり、
友達であり、
同志であり、
神であり、
何物にもかえられない
愛犬きなこが
3年間のガンとの
先月旅立ちました。
彼女のお陰で沢山の経験をし、
感じ、学び、
身体の事、栄養の事から
最後は周波数の治療にも通ったり、
ガンは菌が原因と言う事も
その治療で知
愛しい存在の命に
限りがあると常に感じていたので、
あちらの世界の事も勉強しました。
彼女が亡くなった時、
悲しみや後悔だけに
飲み込まれる事がないよう、
見るのではなく
魂レベルで捉えたい、
全てやって来ました。
アニマルコミュニケーションも
習いに行き、
我が子とコミュニケーションも
取りました。
(
達してないので先生にお願いしました)
お陰で最期は
そばにいてあげる事ができ、
彼女も、
「ママに準備が出来たから。
私の役目は終わり。
私、
ママ大好き。」
と言って旅立ったそうで、
私も受け入れて行こう
と思っています。
でも、いざ愛しい存在が
本当に目の前から
なくなってしまった今。
肉体がなくなるだけで
魂はなくならない事も、
生まれ変わりがある事も、
自分らしく
生きていかなければいけない事も、
幸せでやっている事も、
理解してきたのに、
最後にたどりつくのは、
でも目の前にいない。
もう逢えない。
抱きしめられない。
という「
なみだが出てしまいます。
この悲しみを癒すには
私自身が魂となった彼女と
本当にコミュニケーションを
取る事以外
という答えに昨日たどり着き、
アニマルコミュニケーター。
そして、
身体作りや栄養の事も伝えたい!
見えて来ました。
と思います。
が、
喪失感や悲しみと
どう向き合って行けばいい
死というものを
どう捉えて行けばいいのか、
体がないだけ!
と軽く受け止められる様に
なれば楽なのかなー。
でも愛情が深い分悲しみも深く、
仕方がない事なので、
これでいいのか?
など、
もーぐるぐる巻きです!
とても
ながーくなってしまいましたが、
死と言う現実に向き合い、
一言でも
アドバイスいただけたら
ありがたいです!
いつも感謝しています♡
M
Mさま。
それはお辛いですね。
そこはガマンせずに
うんと悲しんでください。
泣く時はシャワーを出して
泣くのをおすすめしております。
悲しみで溶けちゃうんじゃないか
というほど悲しみを全身で
感じてください。
人間でも動物でも
いっしょに成長した存在が
いなくなるのは
寂しいものですが
「あちらの世界」
との交流は「慣れ」が
要ります。
これは
誰でも
できるもの
なのですが
多くの方は「疑い」が
強いので繊細な波動を
感じることができません。
2008年に肉体を去った
私の師のジェーンアンには
「死ぬのなんてね、
隣の部屋に行くような
ものよ!」
という名言があるのですが、
彼女はペットも
たくさん飼っていて
動物との交流も多く、
「動物が死ぬ時は
人間と違って、飼い主の
オーラと同化するのよね」
とも言っておりました。
と、いうわけで
きなこちゃん
お近くにいらっしゃいます。
交流はママの感性次第、
ということです。
あちらとの交流で
大事なのは自己信頼です。
自分を疑わないことです。
ここからは多くの方に
お伝えしたいのですが
「死の喪失」
のインパクトは大きいです。
物理レベルでの
コミュニケーションが
できない、
というショックを持ち続け、
心の病になった人を
身近に見ていて
(私の祖母は小学校3年生の
男の子を事故で亡くしています)
そのすさまじさは
よく知っています。
その処方箋は
「生きている者に
「与える」こと」
だと思います。
それが人間でも動物でも
あなたの時間とエネルギーを
「与える」のです。
自分の賞味期限はいつか
わかりませんが、
助けを必要としている
存在は人間も動物も
いっぱいいる社会に
私たちは生きています。
縁のある魂を見つけて
愛するのです。
「悲しみ」は実は
エゴの愛なのですが、
一気にエゴを無くせというのは
難しいので、
思いっきり悲しめ、
と私は喪失感で呆然としている
方にお伝えしています。
Mさまもご存じのように
肉体がない状態というのは
最高です。
病気で苦しんだ後なら
格別です。
「苦しんでるところ
悪いんだけど
まだ肉体にいて??
私が寂しいから」
というのは
真実の愛かどうか、
考えてみてください。
死は敗北ではありません。
プロセスです。
どんな死もです。
どうやって死ぬかも
本人の問題です。
どんなに愛する人でも
そこに介入はできません。
だからこそ
生が引き立ちます。
相手も自分も
いつ何が起きてもいいように
愛するのです。
与えるのです。
喪失の虚無感は
「与えること」
でしか埋めることは
できません。
自分は肉体を持って
最期まで生きていかないと
いけないのであれば
肉体のある同士
愛しあい、抱きあいます。
同時に
肉体が無くなった
存在とは
24時間つながり放題です。
(しかも無料
)
コツは妄想を極めると
多次元的になる、
ということです。
ご自分の想念のチカラを
バカにしてはいけません。
泣きはらしたら
立ち上がって
私の愛を必要としている
誰かさんに会いにいく!
と決めてください。
ママは出来るに決まってる、
ときなこちゃんも
おっしゃってます。
多次元ママになっていく
過程でご質問が
湧き上がりましたら
またメールください。
応援しています![]()
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