幼馴染と、我らが時代の話 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

幼馴染が地元で焼き鳥屋をやっていると聞いて

妹と二人でそのお店に行ってみることにした。

つきだしからして、とても丁寧な仕事ぶりの

一品一品が心に染みる美味しさのお店だった。


あー、写真ね。

撮ればよかったのにね、

悔やまれるわぁ。


昭和30年代生まれの我ら、

「うちに風呂がなかったから〇〇ちゃんちに世話になった」

だの、

「親父の三輪は、〇〇ちゃんちに停めさせてもらっていた」

だの、

なんというか、ワタシタチは、

昭和のビンボー世代で育って

でもそれはみんなそうだったわけで

そのビンボー世代たちが、

「うちらより、なんだかりっぱな家だったよねー」

とか

「あそこんちのオヤジさんには世話になったよねー」

だとか、

「ほら、あそこに小さな印刷屋があったじゃん」

だとか。。。。


なんというか、ひとつひとつのネタが

たまらなくオモロいのであった。



↑せっかく美味しい店に行ったのに

写真を撮ることを忘れて笑い転げた挙句

二件目のやっすい居酒屋で

一人、ビールを飲んでいる、という時の写真😂


あの時代の空気感を共有する者同士の

たわいのないエピソードのひとつひとつは

細胞のひとつひとつを揺さぶるような

愛おしい思い出となって

ワタシタチに大笑いをさせている。


庶民の、というか

ビンボーな家庭に育った者同士の

いやいや、みんなそうだったじゃんという

それも時代が共有する

そんな市井のガキンチョ同士の

誰にも邪魔させない高笑いだ。


たまらない

パラダイスのような

子ども時代を過ごさせてもらった

と、私はそのことに

ものすごぉく感謝をしているのだけれど

そのパラダイスを共有した幼馴染とは

別々の視点から

別々の思い出を共有しているのだった。


ワタシタチは幼稚園の頃から

集団の登下校を嫌い、

わざと二人だけで幼稚園に向い、

それなのにワタシタチは

幼稚園ではつとめて知らん顔をして

過ごしていたんだったっけ😂


そこにあるのは

家に帰れば強固なコミュニティがあるという

自信だったのかもしれないし、

ただの照れ隠しであったのかもしれないけれど

いずれにしても

なにもかもが面白い時代だったなぁと

今更ながらに思ってしまう。


そうして、なかば強引に

夏の〈幼馴染会〉を約束させて

ワタシタチの親分を巻き込んだ集まりを

計画しようと

今のワタシタチは目論んでいる。


ワタシという人間を作り上げた原点は

ここにある。

間違いなくここにある。


子どものワタシと同じ時を過ごした仲間と

夏にもう一度会おうと思う。


同じ時を過ごした

違う目を持つ違うヒトたちが

どんな言葉を持っているのか?

今から楽しみでしかない。