昨夜、つらつらと考えていたことを
うまくまとまるかどうかわからないんですが
ともかく! 書いてみます。
映画「ジョーカー」の中で
主人公が、社会福祉士さん(のような方)との面談で
「ジャーナルは書いてきた?」
と訊かれるシーンがあります。
字幕では〈日記〉と訳されていましたが
ジャーナルっていうのは
もう少し〈自分のふりかえり〉とか
〈心との向き合い〉とか
そういうものが含まれているように思うのです。
この写真の真ん中に写っている
「生きる稽古、死ぬ稽古」
という本でインタビューさせてもらった
藤田一照さんは、
私のジブツタノートのことを
「ジャーナルだね」
と言ってくれました。
↑コレがジブツタノートです。
自分用なので、表紙に写真を貼っちゃってます。
ただ、ジャーナルっていうのは、
もっと、細部にわたって
膨大な質問にこたえていって
そこから自分をさらに深掘りしていくような
ものを言うのかなぁ?とも思っています。
どちらもきっとジャーナル
なのだと思うけれどもね。
↓直接は関係ないけど
「ジョーカー」についてのブログも
貼っておきますね
で、さらに最近、
「メモの魔力」
という本を読んで、
巻末の膨大な質問にこたえてみました。
これこそがジャーナル!
自分という人間の
今まで生きてきた過程を
チマチマ、チマチマと、
ああでもない、こうでもないと、
質問にこたえていく。
そういう中から、見えてくるものがあるんです。
自分のことは
自分が一番知っていたいものね。
で、ワタシというのは
小さいお金の単位の中で
人生を送ってきた人間です
ということがわかっています。
家とか車とかいうものも
家電も着物も洋服も
お古をいただくか、
ケタが1つ(場合によっては2つ)小さいか、
あるいは誰かに買ってもらうか、
しながら、
小さなお金を動かすだけで
今まで暮らしてきたわけです。
日本、という国において
これはとても珍しいことかもしれませんね😄
でね、最近
毎日、SNSをながめながら
こんなことを学びたいなぁ
これを知ってみたいなぁ
などと思うわけなんですけど、
参加費が高いんです。
コレ↑を誤解されたくないのですが、
こんなことで
こんな金額をとるのかぁ
といっているのではありません。
先に述べたような、
小さなお金しか使わない
そのワタシの感覚では値段が高い
という意味なんです。
で、昨夜考えたことというのは
ここから先なんですけど、
気持ち的にはね
[なにかを学びたいと思ったら
金銭的なことは考えずに
その講座を受けられるような
そんな暮らしぶりにしたいもんだな]
って、思ってきたんです。
そう思っているヒトは
多いんじゃないかしら?😅
でもね、
昨夜はここからの深掘りが入りました。
なんでワタシにとって
高いなぁって思えて
なんでワタシには
手が届かないんだろうか?
というなんです。
そうしましたら、
そうしましたらですね、
突然
今は
必要がないから
という〈こたえ〉
が出てきたのです。
これはどういうことなんだろう?
と、さらに考えました。
実はワタシ、
何人かの方から
情報量が多すぎる
という指摘を受けてきています。
えっと、自分でもそれ、感じています。
ワタシという人間の
情報処理能力では追いつけないほどの情報量を
これでもかって詰め込もうとしています。
だから、ひとつひとつの情報を
ていねいに扱いきれなくなってきています。
学びについても同じです。
アレもコレもと
枝葉を伸ばしていくよりも
今、学んでいることを
もっと深めていった方がいい
そういうことなんじゃないかなぁって
そこに思いいたったわけなんです。
自分にとって
これはどういうことなのか?
という問いを考えるのは
とても実りのあることだと思います。
たとえ〈こたえ〉と呼べるようなものに
行き着くことがなかったとしてもです。
実に個人的な話ですけれど
ワタシ自身はとてもスッキリした
そんな秋の夜長でありました😊

