御茶ノ水にある東京復活大聖堂。
ここは通称でニコライ堂と呼ばれています。
一度行ってみたいと思っていた
この御堂にたどり着いた時、
私はかな〜り疲れがたまっていて
ヘトヘトでした。
御堂で休ませてもらおうかな〜?
と思って入ったのです。
御堂のドームの中は
静謐な空気に満ちていて
深〜く息を吸い込むことができます。
ボ〜〜ッと呆けているような状態のまま
心の中で
主の祈りを唱えます。
あぁ、
癒されるとは
こういうことを言うのだな。
深〜く息を吸ったり吐いたり…
そうやって御堂の中の空気に溶けだしていく。
生きていくことそのものが
旅をしていることなのだ
旅から帰って
ただいまと言う場所は
こういう〈聖(ひじり)〉の場所なのだ
そんなことを体全体で感じていました。
この御堂の中で
お財布を拾いました。
受付をしていたロシア人(と思われる)女性に渡して
二人で中を確認したり
中にあった連絡先に電話をしたりしていたら
ご本人が現れて
無事に手渡すことができました。
〈いっしょにお財布の持ち主をさがした〉
という、妙な連帯感
そして帰る時には
「またいらっしゃい」
「はい、また来ます」
というあいさつで、
私はこの〈聖の場所〉を後にしました。
イスタンブールのアヤソフィアも
バチカンのサンピエトロ大聖堂も
ドームの中は
別世界です。
日常の、
暮らしの中で過ごしている
時間や空間とは
全く違うナニカがある
そのナニカの前で
静かにこうべを垂れるひととき
それが潤いとなって
私たちの体にしみこんできます。
御堂を出ると
疲れがすっかりなくなっていて
その身体の軽さに驚きました。
こういうこともあるんだなぁ…
と、駅に向かっていたら
いきなりブワァッと涙があふれてきました。
(えぇっ〜〜、今なの〜〜?
お御堂の中じゃないの〜〜?)
慈愛の涙は時間差であらわれました。
花粉症の季節です。
涙をためながら歩いているヒトがいても
誰も気にとめたりしないでしょう。
教会というのは帰る家なのですね。
疲れた時にはおうちに帰ろう😊
