「気」その5 ー所有格ー |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

「気」について書き出したらとまらなくなり、

あれこれと書き綴っておる訳ですが…


 

↑ここで書いておりますように、

専門的な求道的な話ではありません。

 

気の専門家の方は、他にたくさんいらっしゃいますし、

私などがそこに入っていける訳もなく、

ただ、

 

身近なところ、暮らしの中で

気というものについて

考えたり、感じたり

してもらえたらうれしいなぁラブ

と、そういうところから書きはじめたものであります。

 

というところで、読んでくださいね。

 

さて、

書きたいことがあちこちに散見してしまいましたが、

ここで私の個人的考察というのを書いてみます。

 

気というのは、体内にとりこんだ時点から

<所有格>になるんじゃないか?

という考察です。

 

<ワタシの気><アナタの気>

<ポチの気><アメリカダイトウリョウの気>

という具合です。

 

歌謡曲風にいうなら

<ワタシ色に染まる>

ってことです爆  笑

 

その<ワタシ色の気>は

身体のあちこちから放出されて

ムードのようになって

まわりに漂います。

そのうちに消えてしまうでしょうけれど、

残存の気配として、

しばらくは漂っているかもしれません。

 

何人もの人が、同じ空間にいる時など

<ワタシ色の気>と

<タナカサンの気>と

<スズキサンの気>と

<スミスサンの気>と…

それぞれの色に染まった気が部屋の中で混ざり合って

雰囲気を作り出すのだと思うのです。

 

穏やかな雰囲気の空間がうまれたり

ピリピリムードの部屋になったり

それぞれの人の気には

放出される量も質も違いますから

それによって雰囲気ができあがる

のではないでしょうか?

 

有機物と無機物との

気の違いは、

この<所有格>があるかないかの違い

と、いえるかもしれません。

 

<この山全体の気>とか

<ここにある水晶の塊の気>とか

<部屋にいる人みんなの気>とか、

表現できないこともないですけどね。

 

で、ここで、もうひとつ、

別の視点からのお話をします。

 

ロルフィングとか

クラニオセイクラルセラピーとか

teateセラピーとか

手を使って施術をするようなボディワークがあります。

 

この時に気をつけなければいけない

重要なことは

この<ワタシ色の気>を

極力、手のひらからも

身体からも放出させないこと

だと思うのです。

 

<ワタシ色の気>を、

クライアントさんに向けて放出するという

施術の方法もあると思いますが、

 

そういうやり方と、

できるかぎり非介入の状態をつくる

ボディワークとは

 

似ていますが

まったく別のものです。

 

私が今までに知る限りでは

ボディワークにおけるタッチの仕方は

<ワタシ色の気>ではなく

また、外部からおりてきた別のエネルギーを使う

というやりかたでもなく

クライアントさんの身体が

あろうとする方向にむかっていくのを

ひらすらに見守る

という方法をとっています。

 

なのであえて所有格をつけるならば

<施術者の>ではなく

<外部の>でもなく

<クライアントさんご自身の>ということになると思うのです。

 

身近なところ、暮らしの中で

気というものについて

考えたり、感じたり

してもらえたらうれしいなぁラブ

 

という、こういう観点からの

私の個人的な考察では、

それは誰の気なの?

と考えるとわかりやすいかもしれない上差し

と思っております。