夏、(いや初秋かな?)に出版予定の本の制作をしております。
それに関連して、マッキー先生から
いろいろと話を伺っています。
終末医療の現場でのお話を伺うにつけ、
ため息ばかりで言葉を失うことがしばしばです。
病気って、どれだけ種類があるのかわからない。
人間って必ず死ぬことは決まっているけれど、
いつ、どのように死ぬのか?
はヒトによって違うわけです。
元気なうちに、そういうことを考えておこうよ
ということを私は提案しているわけですけど、
「病い」とか「医療」とか、
そういうことに対しては、
一律の質問をして、それに答えてもらうだけで
解決するというものではありません。
たとえば悪性腫瘍。
ガンになったら…と一言でいっても、
ガンのできた場所や、そのステージや、
本人の性格や、年齢や、おかれている環境や、
そういったことすべてを鑑みた上でないと
その人にとって一番いい治療法というのは決めることができません。
マッキー先生と話していると、
「延命はしたくない」とか、
「痛みを少なく」とか、
「抗がん剤は使わない方向で」とか、
それだけでは、曖昧すぎるんだよなぁ
ということがよくわかります。
たとえば救急車を要請するとね、
心臓マッサージや電気ショックや、
延命、救命のための処置を行うことが前提なので、
救急車を呼んでおきながら、
「それをしないで!」
というわけにはいかないのです。
延命したくないことと、救急車を呼ぶことは矛盾してしまうのです。
こういうことって、あまり考えたことないですよね![]()
それから「痛み」について。
病院で治療を受けていれば、
「痛み」があれば、できうるかぎりの治療はしてもらえるそうです。
それはあたりまえのようです。
だから、わざわざ
「痛みをとってください」
ということを書き残しておかなくても、
それは医療の前提としてあるわけなので、
できる限り、痛みをとるための処置はしてもらえるそうです。
それでもステージがあがればあがるほど、
痛みや不快感はひどくなるので、
痛み止めが効かないこともあれば、
何とも表現しがたい不快感に苛まれることも出てきます。
医療にも限界はあるのです。
その先の<こたえ>はないのです。
「できる限り、痛みをとってください」
「できる限り、やってみます」
と、それしかない。
産まれて、生きて、死んでいくのは
そういうことなのだなぁ、と
それしか言葉にできません。
抗がん剤については、
それが治療として役に立つ悪性腫瘍と、
役に立たない悪性腫瘍とがあるそうです。
しかも副作用については個人差があります。
そういうことを、いろいろと考えた上で、
それで最終的には、自分で決めるしかないですね。
「抗がん剤がいい、抗がん剤は悪い」
と、一言で言えるものではないのだということがわかりました。
「素人考えは危険です」
と、マッキー先生は言います。
「雑誌で見た」
「TVで言ってた」
だけではなく、かかりつけのお医者さんと相談したり、
きちんと調べたりしながら、
納得のいく治療をしていくということ
それが大切なのだということですね。
<こたえ>はでません。
でませんけれど、
時々、書いていきます。
