この週末、ドッと疲れが出て眠くて眠くてたまらず、久しぶりに昼寝や朝寝坊をした私。

 

普段は困ってしまうこの三年寝太郎体質ですが「『目が冴えちゃって、寝なくても走れる』から、いつプッツンするのか」が我ながら心配だったので

 

「体がちゃんと休もうとしてる、緩んでる!」っとちょっとホッとしました。

 

自分にスポットライトを当てるのは難しい?

 

先週の金曜日のグループワークでは、それぞれの「マイスタイル」を話し合いました。

 

この時間が本当に充実していて、楽しくて。

他のグループのみんなの話を聞いても、どこもものすごく盛り上がった様子。

 

私も声が相当大きくなっていたらしくて、あとで夫から「ずいぶん盛り上がってたね。白熱してたの?」と聞かれました(笑)。

 

 

2週間共に過ごしてお互いをより深く知るにつれて、それぞれの良さがどんどんみえてきているから、同じグループのメンバーたちには言いたいことがいっぱい。

 

「こんなところが魅力!」

「こんなところももっと見せていったらいいんじゃない?」

 

と、アイディアがまるで弾丸のように、次々と出てくる。

 

 

ところがみんな、自分の番となると急に「うーん、どこかなあ…」とわからなくなり

多かれ少なかれ、言葉少なに、困惑気味に。

 

私自身も

 

「自分にスポットライトを当てて考えるのって難しいなあ。やっぱり人をサポートする方が向いているのかな」

 

と感じていました。

 

母という業

 
人の素晴らしい面や、その人の魅力を引き出すためのアイディアは泉のように湧き出てくるのに
自分のこととなると、どうして途端によくわからなくなっちゃうのかな?
 
「自分のことを客観的に捉えるのは難しい」というのもあるけれど、それだけじゃない気がする…。
 
 
そう考えていて、ふと
 
「私たち母って、相手のことをよく見て考え、支えるサポーター体質(サポート力の塊)にとことんなってるんだな」
 
ということに気づきました。
 
 

出産後、世界の中心がこれまでずっと自分自身だったところから、いきなり子供に変わって

最初のうちはとにかく赤子の命・健康・安全が最優先で、自分のことは常に後回し。

 

そうしているうちに、子供が少しずつ大きくなってくる頃には、自分のセンターを占めるのが子供や家族なのがすっかり当たり前になっている。

 

相手のことをよくみて、「その人(子)のためにどうしたらいいのか」を汲み取る力や必要なときに手を差し伸べる力、包容力は格段に上がり、いつの間にか家族を支えるエキスパートに。

 

(たまに余計なことしちゃうときもあるけど、それはここでは置いといて。)


 

その一方で、いつの間にか「私」を自分自身の中心に据える感覚はすっかり忘れてしまう。

 

自分のやりたいことは、いつもTo doリストの一番下の方に書かれていて、たいてい時間切れでそこまでたどり着かない。

 

「私って何が得意で、どんなことが好きなんだっけ?」

「どんなことをしてるとき、生き生きしてる?どんな状態を幸せって感じる?」

 

自分にそういう問いかけをすること自体がすっかりなくなって(もしくは、減って)いるから

聞かれてもすぐに思い出したり答えたりするのが難しい。

 

 

…実はこれ、まさにFood Therapyを通じて思い出してきたはずのことでした。

 

 

それを、今度は伝えていく側として

 

「どんな人たちに対して、何を、どんなふうに伝えたいのか」

 

に向き合う中で、何倍にも濃縮した、より具体的な形で、再度問われているんだと思いました。

 

頭の中に思い浮かんだのは、螺旋階段をぐるぐるあがっているイメージ。

以前と全く同じ場所にいるわけじゃないけど、また同じことが違うステージで問われているみたい。

 

誰もが自分の人生の主役だということを思い出す

 
日々子供のことや家族のことを最優先に考えて動く、それが自然と身についているお母さんたち。
 
今回、友人たちに食や子育ての悩みを聞かせてもらうというワークをしている中でも
 
「お母さんって、日々こんなに子供や家族のことを考えて、心をくばったり工夫したりしてるんだ」
 
と改めて感じることが多く、心が震えて涙が滲んでくることもありました。
 
 
お母さんって、なんて献身的なんだろう。
無意識のうちにも、いつも家族の健康や幸せを考えて動いてる。それが何よりの喜びでもある。
 
でも、じゃあそんなお母さんたちの、健康や幸せを一番に考えてくれるのは、誰?
 
 
いつも誰かを支える立場にいると、どこか自分は人生の脇役のような気持ちになってくることもあるけれど
 
今、どんな役割を果たしているかに関わらず
その人の人生における主役は、子供でも夫でもなく、他ならぬ自分自身。
 
自分が何を感じていてどうしたいのか、心の声を漏らさず聞くことができるのも、自分自身。
 
 
家族を支えることの心と体に占める割合が圧倒的に高いお母さんたちにこそ、一日5分でもいいから、自分のことをケアする時間や心のゆとりが必要だし
 
そのために、まずは一日三度あるごはんの用意が今より楽に、短時間でできるようになったらいいよね。
 
というのが、Food Therapyの入り口。
 
 
そのメッセージを伝えていくためには、ファシリテーターとなる(予定の)私たちがまず、
自分自身の本質やニーズととことん向き合って
 
「自分がどうありたいか。Food Theparyのどこをどんな人に、どんなふうに伝えていきたいのか」
 
をひとりひとり鮮明に思い描いていく必要がある。
 
 
そして、それを自分ひとりでやっていくのは至難の技なんだな、と今回改めて痛感しました。
 
Food Therapyの最大の強みがそのコミュニティーであるように
 
ファシリテーター養成講座仲間たちの視点が自分だけでは決してたどり着くことのできない場所に導いてくれ、存在そのものが何よりの支えになってくれる。
 
 
…この講座を作り上げた祥子さんはやっぱり天才だね?と鳥肌がたちながら
 
グループワーク中、自分以外のメンバーに対して熱くアイディアを語っていた、みんなの生き生きした表情を思い出しています。
 
明日からの一週間もまた、頑張ろう、じゃなくて、楽しもう。
 
久しぶりにちょっと飲んだら、いつも以上に熱くなってしまったかも…と思いながらも、このまま投稿しまーす!
明日の朝、消したくなったりして。