【献身の生活を】
ヨーガ・スートラ2-45
【神に全てを任せることによって、サマーディ(三昧)は達成される】
〈神〉は世界を〈御自身〉より作られた。
世界そのものが〈神〉なのだ。
この外界の全てが〈神〉なのだ。
だからわれわれがこの人生を人類の為に捧げる時、
それはとりも直さず〈神〉に捧げていることになる。
「最大限、世界に奉仕するのだ」
という思いをもってするならば、それはどんなことだっていい
われわれはテーブルにだって椅子にだって、
その他身の回りの何にだって奉仕することができる。
椅子をこっちの隅から向こうの隅まで無慈悲に引っ張って行かなかったら、それは椅子への奉仕である。
それらは引きずったら悲鳴をあげる。
どんな物でも、ぞんざいに扱えば苦痛を覚える。
なんにでも優しく、ヨーガのタッチで触れよう、
スプーンでも、フォークでもお皿でも―
インテグラル・ヨーガより
今日は午後から久しぶりに来客がくるので、
午前は掃除。
来客がくるとなると、いつもの掃除とは別物になり、
目に付くところを片づけたりそうじしたり・・・
あれ、ここも!ここも整えなくちゃ
ここも汚れている![]()
と、掃除機と簡単な片付けでは済まなくなり、
午前はずっと片付けと掃除に追われました。
普段から綺麗にしていたらこんなことにはならないのですが・・・
日常から物や空間に対して丁寧に、
いつでもきれいに、やさしく扱う事
せめてこの状態を保つために日ごろから
身の回りのものに奉仕する事
忘れないように過ごしたいと思います![]()
今日もお読みいただきありがとうございました!
今日もお読みいただきありがとうございました!![]()
