こころの病に
薬は使わないに越したことはないけど
絶対に使っちゃいけない、使わない方がいい
というものでもない。
基本的には、薬を飲んで楽だと感じるなら
その時は使った方がいいことが
多いと思う。
でも薬はこころの病の
根本を治療をしてくれるわけじゃないから
薬は手助けをしてくれるもの
補助輪や松葉杖みたいなもの
ということをきちんと
伝えることが大事。
薬が助けてくれる
薬の助けを必要としているのなら
適切な種類と量の薬を
補助輪として使いながら
過剰に緊張してしまっている
筋肉や神経を緩めたり
今までため込んできた言葉や思い、感情や
それまでは自分を守ってくれていたけど
だんだんと自分を縛る方向に働いている
「ビリーフ」「思い込み」
「大前提」「スキーマ」
にまずは気づいて
そしてそれらをよーく観察したり
出してみたり
今までと違う行動を試してみたり
もしかすると病の意味に気づいたり
などを続ける中で
(僕はこういうことが根本だと思っている)
補助輪がなくても大丈夫な状態になるのを待つ。
薬をあまりに過小評価するのは
もったいないと思うし
逆に過大に評価したり、期待したりするのも
薬を適切に利用する妨げになると思う。
で、結局大事なのは薬についても
患者さんと治療者の間で対話が行われること
また、そうすることで
患者さんの内なる対話
(「あたま」と「こころとからだ」の対話)
が促進されることだと思う。
もし薬に助けてもらうなら
対話の材料としても
役に立ってもらう。
例えば
薬に対するイメージや
薬を飲みたくないとしたらなぜなのか、
感覚など
また、薬を飲んでいる自分をどう思うのか
人にどう思われそうか
などを話し合ったり、
実際に薬を使うとしたら
「からだの感覚に意識を向ける」
ことを促進する意味も含めて
(こころの病の根源の一つとして
「あたま」が「こころとからだ」のメッセージを
聞かなく、聞けなくなっていることが
あると思うので
「からだ」に意識を向ける練習はとても大事)
薬を飲んでのからだの感覚などの変化に注意して
次回はそれについて
教えてくれるようにお願いしておく
というようなやり方がある。
こうすることで
薬を過剰に使うことも減るし
自分で薬を利用している
コントロールできているという感じや
自分の力で良くなっていっているという
感覚も持ちやすくなるし、
からだの声を聞く感覚も取り戻すことにも
繋がる。
**************