精神科医への道のり①の続きです
〜再受験に至るまでの補足〜
少し話は戻りますが
中高生時代に
テニスの試合や人前で何かをする時に
以前は感じなかった緊張を感じて
物事をうまくできなくなることが
時折あったり
テニスのサーブのトス
(サーブの時にボールを上に投げること)
がまっすぐ投げられなくなるなど
緊張にまつわる出来事は
少しずつ起きていました。
中学が男子校で、合コンした女の子達と
カラオケに行った時に緊張して
うまく歌えなかったこともあったなぁ。
その後からお風呂で練習しまくった(笑)
あまり自覚してはいませんでしたが
その時はこういったことに
強いコンプレックスを感じていて
高校生の時には
なんて本を読んだりしていました。
大学に入り
成績でちやほやされなくなり
「自分は勉強しかできない」
「初めて会う人とうまく話せない」
「就職面接で緊張して失敗するんじゃ」
と自分へのダメ探しや不安の種探しを始め
自己肯定感は低下して不安も強まり
それをコンプレックスを克服しようとしたり
頑張って乗り越えようとしたりして
対人緊張が病的なレベルにまで至り
そのことがまたあらゆる不安が増強して
疲れから抑うつなども伴うようになった。
というのが
今の僕から見た以前の僕の見立てです。
もちろんその種は幼少期にあるわけですが
その後は治ることを半分諦め
緊張が強いまま人の中に飛び込むという
これが初めての怖いまま進むだったかもしれません
心屋でいうバンジーを飛んだことで
悩みは小さくなりましたが、
当時は例えば
コンビニで買い物するくらいでも
大観衆の前で一発芸をやるくらい
したことないけど
緊張を感じてたので
毎日とっても疲れていました。
〜そして再受験の準備を開始〜
そんな中で
大学院一年生の時に
医学部再受験を決めたわけですが
思えば当時医学部再受験したとかしたいとか
いう人が周りに偶然??何人もいました。
勉強には自信があったので
一年も勉強すれば
九州大学の医学部でも
合格できないわけがないと思っていました(笑)
工学部入学後は
家庭教師をしながら勉強の方法を考えたり
なぜか英語をやたらと勉強したりと
TOEICは800点を超えてましたー(^^)
今から思えば
初めから受験することを見越したように
必要な学びをしていました。
一年間自分のペースで勉強だけ
やっていればいいというのも
ありがたい話です。両親に感謝!
すごく楽で楽しかったです。
僕にとって社会は
今まで入ったこともない
地図もない恐ろしいジャングルのように
感じていましたが
日本の大学受験の勉強は
塗り絵みたいなものだと思っていました。
ここにこの色を塗りなさいという
色の指定まである塗り絵。
確かに塗る所は多いし、
一回塗ったと思っても色が薄くなって
何度も塗り直したりする必要はありますが
やることや範囲が決まっているし
マイペースで出来るから
とても安心でした。
塾や予備校には通わず
こんな本を読んで勉強の方法を研究し
合格までの計画を立て
あらかたその通りに勉強していたら
1日10時間くらいはしてましたかね
勉強を始めて半年後には
合格するレベルまで達していました。
ただ数学はどうしても苦手で
テスト中なんかに時間が足りないと感じて
慌てるようなこともあり
受験勉強中に初めて心療内科を受診して
薬を飲み始めたのです。
また長くなったので
③に続く!
まだ松岡修造さんがプレーヤーだった頃(^^)
