母について
もうひとつ氣づいたコトがあって
ナリ心理学的に言うところの
「お母さんは、かわいそうだ」
がずっとあったみたいで…
ワタシが子どものころの母の印象は
いつも家にいて
掃除して家のなかが当たり前に綺麗だったことや
料理があたりまえに美味しかったこと
掃除する姿に
なぜか
お母さんばっかりかわいそう…
よくわからん感情が貼り付いてた
それがあったからか
大人になってからのわたしは
いかに掃除や家事を手抜きするか
…みたいなことばかり考えてたかもしれん
料理や家事を上手にこなすことに
全くといっていいほど価値を感じなかったし
そういった方面での向上心は一切発揮しなかった
そこには
なんで女やけん、て
なんで主婦やけん、て
女ばっかり家事とかせないかんの?
家政婦でも奴隷でもないのに!
その時間削減できたら
もっと趣味とか生き甲斐に時間を使えるのに
なんで女ってだけで
家事に明け暮れる毎日なわけ?
…言語化すると
こんな感じかな、きっと
同時にそれは、家事をやってる姿を見たことがない父に対する不満?疑問?
なぜ父さんは家事とかやんないの?
って思いがあった…てことかもしれん
それでも
記憶にあるのが
1度何かの事情で母が家にいないときに
父が簡単な炒め物をつくってくれたなぁ
あ、いちお料理できるんや…て(笑)
そしてちょっと嬉しかった氣がする
サラリーマンとはいえ
百貨店勤めだったので
休みが平日
だから
うちら子どもとは休みが合わなくて
休みの日に近所で遊んだり
…といった記憶がほとんどなくてね
ま、それがかえって
数少ない記憶がピンポイントで
素敵な思い出として残ってるんだろうけど
🌄夏の暑い日に
ちょっと遠くのややゴージャスなプールに何度か連れてってくれたこと
🍃冬の寒い日に
☕ココアの美味しい喫茶店に連れてってくれたこと
あと、ちょっと趣旨がズレるけど
うちらの成長に合わせて
靴を買ってきてくれたこと👟
靴屋さんに勤めてたんでね
…ほかにもきっとたくさんあるんやろうけど
すぐには思い出せない
だからこそ
大人になったワタシは
脱いだ服をひっくりがえしたまま
洗濯機にいれられてるのをみたり
家事炊事の要領の悪さをなじられたり
妻とか主婦とか女…という存在を
まるで家政婦かなにかのような位置付けの前提での発言には
ものすごく敏感に反応していたような気がする
母への哀れみ?
父への反発?
なんなんやろ
小さい頃から常に心の中に
めんどくさい
ゆうキーワードがあって
いつだったか
お墓参りのときに
何を思ったか
「めんどくさい、とかいうのを辞められますように」
みたいなお願い事をしたのを
鮮明に覚えてるんだよね(笑)
そんなもん治るわけもなく…
色々思い出してみて
今思うのは
今こうして
ノホホン…と生きてられるのは
やはり
両親や親戚はじめ、
数えきれないほどの人たちから
愛されてきたからなのだなぁ~❤❤
そして
その両親や親戚たちは
ワタシが何も恩返しできないまま
死んじゃってた!
その事に関しても
ほんとごめんなさい、って言葉しか出てこない
あぁ、
あと
ありがとう❤️だね
ほら
世の中には
ものすごく気がつく人や
ちょっとした集まりや
なんかで会うときに
いちいち手土産だったり
なんやかんやできる人おるやん
あーゆーのも苦手でね
自然にできるのスゴいなぁとは思うけど
ワタシにはできん
疲れるだろうなっておもうのと
なんか、即座にお返しされちゃうと
あなたには借りを作りたくないの
って言われてる気もして
今後の距離の取り方考えちゃうもの
そんなんでモヤモヤするくらいなら
こっちからもなんもせんし
なんかしてもらっても
ありがとう❤️
て終わらせるほうが
気持ちいいな🎵
横着かもしれんけど
あと腐れなく
いさぎよいし
なにたより
めんどくさくない!(笑)
そんなかんじでで
ぼんやりいきてこれたのは
両親や親戚…そこに繋がる先祖からの
愛情の連鎖以外の何者でもないな…
だから
やっぱりありがとう❤️なのだ
そんな感じで
今はなき両親や親戚たちへの
罪悪感を紐解いてみて
改めて
きちんとごめんなさいとありがとうを
言う機会を作ることにしました❤
いつか
霊能者、死者と対話できる人を通じて
両親たちに聞いてみたい
幸せな人生でしたか?
そこから
ワタシは前に進めるような氣がしてる
