まず私たち自身のこと

ここに至るまでのエピソードを
面白おかしく、あるいは
フクザツに、表現しようとすれば
いくらでも盛れると思う

ほんで、今は
旦那の実家で
旦那の親と同居してることも

はたから見れば
えらいねぇ、大変だねぇ~

言うてくれるけど

私は全く興味がない

相手にどう思われる?
よく思われたい?

それは自分の軸を失うことだし

相手の思いなんて本人にしかわからない
よかれと思ってやったことも、ありがた迷惑なこともある

同時に、私のこれまでの自分の世界観をコントロールせざるを得ない部分もあるし
それは、もう、お互い様というより他ない

だから
最初っから諦めて(気に入られるかどうか、とか)

できることは、やるし
できん、長続きせんことは、やらん、と決めて

ただ、お互いが気持ちよく過ごせるための気遣いは、気づく範囲でできるはんいで、やる

て、感じで過ごしてとる

それでも何となく(表面上だけかも(笑))
うまいこといってる(ように感じる)のは

この家族、家系の風土に
【受け入れる】マインドが存在するからなんだなぁ

実感、言語化~♪

うちら夫婦、のことだけでなく

細かく見ていけば
それはそれは、フクザツな事情満載のエピソードを各々が持ち合わせているから

そこを
お互いが、相手のことを
いちいち批判/否定して

こっちのやり方に合わせてもらわな困る!的な空気で迫られたら

とても家族の形なんて保ってらんない、きっと




お互いが【違う】考え/習慣/習性/信念/価値観…を持ってて【当たり前】

【違って 当たり前】やねん!

そう【違ってて、当たり前】!

そう【みんな、違って みんな、いい】!
(突然、金子みすゞ)




そこでいつも救われるのは
【あなたは、そう(する/考える)のね】

そしてそこに
【…だから、ダメ/こうするべき】を強要していたのでは、弾かれてしまう

ディスカッションの場、として意見をだしあって
妥協点を探って、【では、こうしましょう】はアリ!

自分と考え/価値観/習慣が【違う】ことを
【認められずにふて腐れる】のは器のちっさい【子供】

障害のある人をバカにして見下すのと同じマインド

大人ならば
【違う】ことで、【困る】ことを【具体的に】伝え、個人的な希望/要望として、どうしてほしいのか【提案】できるはず

だってこのやりかた

発達障害のある人とコミュニケーションを、とるための基本的な態度だもん❗



すくなくとも私がここでどうにか暮らせているのは、この
受け入れる【受容マインド】に助けられてるからなんだなぁ

ほんと、ほんとありがたいなぁ♪
心のどこかで毎日そう感じてることの1つ!o(^o^)o