ごきげんよう★アウェアネスのコミュニケーションクリエイター★とも子です♪

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質問です

■あなたは良い客でしょうか?

 いつからか
「お客様は神様」
 という考え方には違和感を覚えるようになりました。

お客様と商品又はサービス提供者の立ち位置は

五分五分か、もしくはサービス提供者側が上なんじゃないのかな。


これは、なにも

サービス提供者がエラそうにふるまっていい、ということでも
客の立場になった時は、媚び諂え、ということを推奨するものではないことはご理解いただけてることが前提で



消費者は商品やサービスを提供してもらっているのであって、

「金を払ってやってる」ということとは少し違うと思う




だから、日々の食料品や日用品を調達するスーパーなどでレジでのやりとりにも
「ありがとう」は言います

食事に行って感動的な味やサービスに出会った時などにも
「ありがとう」とか「ごちそうさま」「美味しかったです」とかは言います

なぜなら
自分が栽培、調理、生産、製作…できないものを
作ってくれる人がいて
お店に取り揃えてくれる店が
自分が出かけることが可能な場所にあって

お金と引き換えにそのサービスを提供してもらえることに「ありがたい」と思えるから


■あなたが「いい店かどうか」値踏みすると同時に

 あなたも「いい客かどうか」を見られているということも意識した方がいい

 「金を払う」から何を言ってもいいということとは少し違うと思う

 お金はあくまで、あなたが出来ないことを代わりにやってくれるための価値だから


■仮に「客が偉い」ということを主張して譲らない客が

「客がいてこそ成り立つサービス業」だと言い張ったとしても

「でも、その客はあんたじゃないよ」

 という鋭い一突きを浴びせられることでしょう

 
 
■感謝と共にお金を送りだすと同時に

 そうすることで、サービス提供者の生活がなりたっているということや

 そのお金を送りだせる「自分」にも感謝するのを忘れないでほしい



■元々の定価より安く手に入れたものがあったとしよう

 元々の価格がいくらであったとしても

 あなたにとっての、その物の持つ価値は

 あなたが支払った金額と同等の価値でしかない

 それ以上でも以下でもない

 そして

 そのサービスを必要だと感じて選んだたのはあなた自身だということ




 だから

 サービス提供者に「安さ」だけを求める客は、
 
 サービス提供者にとって「安い」客にほかならない

 
 これも
 高いのが善、安いのが悪 ということで推し量るものでもないという前提



■「客」という立場になると、なぜか自分がとてもエラくなったような錯覚になって

 自分の不躾さ・無知さを棚に上げて
 自分の主張だけを押し通そうとしていることに気づけなくなっている方をチラホラ見かけるが

 大人げないのでやめたほうがいい

 感情的にしゃべってるとエスカレートするのか

 本題と関係のないことまでこじつけた主張に発展していることがあるが

 ハッキリいって筋違いだし、何が言いたいのかわからない

 場合によっちゃぁ「恐喝」と受け取れるような噛み付きっぷり

 聞いていて気の毒にすらなってくる



 

参照

・「金を払う方が当然えらい」と思いこんでるお客さん(日経ビジネスオンライン)他