「光と闇の統合」を、改めて考える

(今日はスピリチュアルな内容です。苦手な人はスルーしてください)
 
この3次元における「光と闇の統合」を、改めて考えてみました。
この「光とは何を指すのか、闇とは何を指すのか」において、解釈が変わってくるのです。
 
単に「光と闇、ポジとネガ、誰もが両方持ってるものだから、
人によって度合いの差こそあれ、個性として受け入れ、相手を否定しないで、共に生きていく」
という解釈であれば、「統合」は可能。
 
でも、もし「光=善=愛」「闇=悪=愛ではないもの」と解釈するのであれば、統合は難しいものです。
少なくともこの3次元では。
 
例えば、悪意のある人間(愛のない人間)は、善意のある人間(愛のある人間)を利用し、自分だけが得をしようとします。
そういう相手を、善意のある人が許し、共に生きて言おうとするならば、
善意のある人が我慢をしながら支配され続けるしかなくなるのです。
 
善意のある人は争いを好まない。愛とはかけ離れた行為ですしね。
でも、争わないで悪意のある相手を受け入れるのであれば、自分が無理をするしかなくなる。
それは、自分を愛していることにはならない。
つまり、自分自身に対して、愛とはかけ離れた行為になってしまうのです。
 
つまり、光と闇というのは、何を指すのか、によるのですが、
もし「光=善=愛」「闇=悪=愛ではないもの」と解釈するのであれば、
別々に生きていくしかないのです。
 
むしろ、これまでが「(無理やり)共存していた世界」だと言えるでしょう。
 
でも、そろそろそんな状態ではいられなくなりました。
相手と争わないで、相手の悪意を個性としてOKとするならば、
自分とは違うところで、相手は相手で幸せに生きていっていただくしかなくなります。
 
今後、2つの地球に分かれるとか、いくつかのパラレルワールドに分かれる、と言われていますが、
実際に、住み分けが必要となってくるところはあるのでしょうね。
 
逆を言えば、「悪意のある相手に対して恨みつらみを抱き、自分の中の悪意を生み出さないためにも、
自分の中にも同じような悪は存在していることを認め、
その上でそういう相手と争わないで離れる」という方法がベストなのでは、と。
 
争わないで離れることが、統合とは違う!なんて思いがちですが、
それでは、どっちかが滅びるまで争わなくてはいけなくなります。合わないのだから。
 
それぞれが共に自分らしく生きていくためにも(存在させつづけるためにも)、
離れて暮らす、という手段しかないのですよね。
 
スピリチュアルにおける、光と闇というのは、ちょっと「ふわっと」しすぎなところも。
みんなそれぞれ光に対するイメージ、闇に対するイメージが違うから、
混乱してしまうところがあると思うのです。
 
でも、リアルに考えていくと、見えてくるところもある。
巷の情報をただただ鵜呑みにしないで、
自分でも考え、自分の答えを出す、というのが、重要なのだと感じています。
(自分で考えずにスピリチュアルな人の言うことをただただ鵜呑みにしたら、「教祖と信者化」してしまうだけ)
 
そろそろこの3次元の世界では、「光=愛」「闇=愛ではないもの」が離れるタイミングが
起こっているのかもしれませんね。
 
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