こないだ、駅で、すごい光景を見ました。
幼稚園くらいのこどもと、うしろに母親とおぼしき女の人が、下りのエスカレーターに乗っていたのです。
こどもは、まだよちよち歩き。
エスカレーターのうえで、お母さんと手をつないだ状態で立っていました。
その子が、ふと、一歩下に下りようとしたのです。
そのとたんに、バランスを崩して、
ごろごろごろっ!!! ごんっ
こどもの手とお母さんの手は一瞬にして離れ、
ちいさなその子は、こっちまで聞こえてくるくらい派手な音を立てて、一番下まで転げ落ちて行ったのです。
「!!!」
まわりに立っていた大人たちは、驚いてそっちを見ました。
遠くからそれを目撃した私は、当然、お母さんが血相変えてこどもを抱き起こしに行くのかと思いきや、
いたって落ち着いた足取りで下まで降りていきながら、
こんなセリフを。
母
「あーーーーーーはっはっはっは!!!
こいつ、バッカじゃん!!
転げ落ちてやんのーーー!」
ペシッ
こどもが転がっているところまでたどり着いたお母さんは、子供の頭を平手で叩き、
母
「ははははは!! すんげー転び方だよなー! チョーどんくせえ、ほんっとバッカ~~!! あはははは!」
いえいえ!アンタっ!
笑ってる場合じゃないですってば。
こどもが転げ落ちたのに!
その言い草はさすがにかわいそうすぎる!
周りの人も、私も、親子をアゼンと見つめていました。
ところが、当のその子は、
そういう事態にはもう慣れっこ(?)なのか、
泣きもせずにすっくと立ち上がり、
腹を抱えて笑うお母さんと再び手をつないで、歩いていきました。
・・・・・強ぇ。
それにしても、ムチャクチャです。
こどもが転げ落ちたのに、バカって言って平気で笑ってる!
ツワモノのオカン(ギャルママだった)。
そして、泣きもせず平然としてるぼうやも、ある意味、大物です。
・・・ちびっ子よ、大きくなれよ!!
と、思わず心の中でこっそりエールを送ってしまいました。
そして、あとで思いました。
たしかに、あの親の態度はちょっとヒドイと思うんですけれども、
あんなふうに育てられた子は、きっとすごく、打たれ強い子にはなるんだろうな、と。
ちょっとした怪我でも大騒ぎされて、
過保護なくらいだいじに育てられている子に比べて、
おやに助けてももらえず、
自分の足で立ち上がり、平然と歩いていく子は、
この先、少々の嫌なこと、つらいことがあっても、なんとも思わないのでしょう。
学校でいじめられようが、
人から心無いことを言われようが、
そんなことではびくともしないくらい、強く生きていけると思います。
どちらの育て方がいいって言ってるわけじゃないですよ。
大切に育てられた子は、愛情をいっぱいもらったという安心感があるだろうし、
あんなふうに叩かれながら育てられた子は、親から愛されなかったと恨むかもしれない。
それは、一長一短だろうし、人それぞれの考え方でしょう。
学校で、勝ち負けや順位がついてしまうから駆けっこをしないでおきましょう、というのは、
大きな矛盾だと私は思います。
動物も人間も、多かれ少なかれ、形は違えども弱肉強食のところがあると思うのです。
もちろん人間には理性があるから、
動物のように、弱いものを食ったり、
あからさまにこてんぱんにのしたりはしないけれど、
社会に出たら、絶対、競争と言うものが存在します。
能力給しかり、昇進しかり。
それが幸せかどうかは別として、強いものがのしあがっていくし、弱いものが遅れをとる。
だからこそ、親は子供に、口を酸っぱくして、勉強しなさいというんだろうな。
それを身にしみて感じている親であればあるほど、子供に口うるさくそう言うのでしょう。
社会に、絶対的に競争というものが存在するのであれば、
小学校で競争を避けたって、意味がない。
むしろ、競争にいかに勝っていくかの処世術や、
競争に負けてもどうやって切り返していくかを学ばせたほうがいいと思います。
勝つことがすべてじゃないし、
ひとつの競争が人生を決めるわけでもない。
目に見えない長所なんていっぱいあります。
勝った負けたは、人間が人間である以上、ずっとつきまとってくるものだけれど、
それだけが全てじゃないし、
自分の価値はそんな競争で決まるもんじゃないんだから、
負けても落ち込まず、また頑張ったらいいだけなんだよ、
って、そう教えたほうがいい。
・・・あの子はきっと、負けようが何しようが、
びくともせず、したたかに生き延びる強さを既にあの年にして獲得しているのでしょう。
立派なおとなになれよ~!