実家には梅の木がありますが

今はもう

実はならないくらいに

短く切ってしまいました。

 

 

常に誰かが住んでいる訳ではなく

少しでも空き家っぽさを無くそうと、

 

 

剪定や雑草抜きは

NPOの方にもお願いしながら

庭木はいつでもすっきりさっぱり

なるようにしているから。


 

一瞬、一瞬、諦めない

生き方上手になって

あなたらしい人生を歩こう

 

 

オンラインサロン「カルドマーニ」

オンライン「幸せ起業塾」主宰

今在るもので運命を変える

ライフナビゲーター 秋吉のりこです

 

 

日曜日は遠距離介護している実母のこと

管理している実家のことを書いています

 

 

私が幼稚園のときに両親が建てた家で

もう築50年くらいになるのかな…

 

 

おそらく毎年梅は実をつけ

母は梅仕事をしていた。

 

 

だけど

私は全然覚えてないのです

なんと残念な娘…汗

 

 

母は手仕事が好きで

また得意でもあった人でした。

 

 

小さい頃は

母の手作りの洋服を着ていたし

セーターも着物も

母が作ってくれていたくらいの腕。

 

 

おやつも手作りしてくれていたし

料理もテレビを見てはメモをして

工夫して作ってくれていました。

 

 

病に倒れてからは

短期記憶が出来なくなって

料理はできなくなったので

食べる専門になりましたが!笑

 

 

実は

母が倒れて緊急手術し

ICUから一般病棟へ移動

その後リハビリを重ねて

退院した後、

 

 

庭に実っていた梅の収穫をして

初めて父と母と私の3人で

梅味噌を作ったんですよね。

 

 

梅の量を見て

一番簡単に

美味しく出来るからって。

 

 

何月だったか

覚えてなかったけれど

今考えてみると

6月下旬とかだったのかな…

 

 

この数年

梅仕事をし始めた私だから

ようやくその時期も振り返って

想像できるようになりました^^

 

 

量は少なかったけれど

とてもきれいな梅で、

 

 

ざるを持って木の下に

母や私が待っていて

父が実を取ってくれたんですよね。

 

 

収穫した梅をキッチンに運んで

梅味噌を作ろうってことになりました。

 

 

母はなんとなくしか

梅味噌の作り方を思い出せなくて

私もネットで検索しながら、

 

 

父もかつて農家でもあった

父の実家でどんなことをしていたか

思い出そうとしてくれたり、

 

 

笑いながら

楽しみながら

あーだこーだ言いながら作ったことを

鮮明に覚えているのです。

 

 

 

母が元気な時に

梅干・梅ジャム・梅味噌・梅シロップ・梅酒

色々と梅仕事をしていたのに、

 

 

私あんまり感謝していなかったなって

全く手伝いもしていなかったし、

 

 

もっと手伝って

教えて貰っていたらよかったなって

すごく後悔。

 

 

その時私は妊婦で

初めての子供がおなかに宿っていました。

それがこの記事で梅干しの仕込みを

手伝ってくれた息子。

 

 

 

なので

私は子供たちと一緒にできることは

積極的にしたいし、

 

 

手伝って貰わなくても見せることで

どんなことを親がしていたか

いつか伝わるといいなって。

 

 

子供たちは梅が大好きで

いつかこの子たちも

新しい家族と一緒に

梅仕事する日がくる。

 

 

大地からの恵み

そして命が繋がれていく

大切な営みのひとつを伝えていけることは

幸せなことですね!感謝

 

 
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