私が初めて電報を貰ったのは
中学3年生の春
高校受験に合格した時でした。
送ってくれたのは私の母の兄で、
私の実家から車で10分ほどの場所に
住んでいる伯父。
背が高くて
優しくてかっこいい
大好きで憧れの伯父、
なんて粋なプレゼントだろうと
ますます憧れたのを覚えています。
家族の笑顔が増える 心地いい暮らしを
インテリアスタイリスト 秋吉のりこです
7月9日の早朝、
その伯父が亡くなったと連絡がありました。
この約1年は施設に入所していて、
先月風邪から肺炎になり
病院に入院していました。
とてもプライベートなことになりますが
読んで頂けると嬉しいです。
◇
親戚の中でも一番近くに住んでいた伯父一家、
子供は3人いて
私の1才上の男子・同じ年の男子・2才下女子、
小さい頃は2家族でよく出掛けて、
どの親戚よりも長い時間を過ごしてきました。
お互い引越してもいつも近く!笑
お墓も同じ時期に
同じ霊園で購入した伯父と母。
父のお墓の斜め前が伯父一家のお墓
私の母にとっては
いつも近くにいてくれる
優しくて頼りになる
大好きなお兄さんだったと思います。
◇
その伯父は24年前
55才の時に脳出血で倒れました。
私が27才の時です
銀行に勤めていたんだけど
出向先が決まって
子会社の社長になってすぐの時でした。
ちょっと前のドラマ
「半沢直樹」を見た時には
私の知らない世界で
伯父の人生を見たような気がしましたね^^
◇
脳出血で倒れた後は
左半身が不自由になりましたが
元気に退院し、
杖を突いて歩き
車を障がい者用の操作に変え、
車で日本中を
飛行機に乗って世界中を旅しました。
「のりこちゃん、世界の人は優しいぞ」って
旅行先で受けた親切や体験を
嬉しそうに話してくれていました。
◇
働き盛りの時に倒れた伯父を
24年間支え続けた伯母は伯父と同じ年齢。
55才から79才まで
殆どの時間を自宅介護で支えてきました。
私と伯母は介護友達^^
「他の人に話せない事も
のりこちゃんには話せるのよ」
と言ってくれて、
お互い時間がある時は
電話で愚痴をこぼし合ったり、
帰省した時にはおうちにお邪魔して
我が家の子供たちにも孫のように接してくれて。
伯父が最初に脳出血で倒れた時に
一緒に病院で過ごした時から、
伯母の介護の日々を近くで感じてきました。
事故で脳挫傷にもなり数回入院や手術を繰り返しました
◇
近頃の伯父は認知症も出てきていて
気性も激しくなっていたけれど、
服薬すると歩行が不安定になるので飲めず
伯母が我慢することも多かった。
でも、この1年は
薬を飲まなくては難しい状態になって…
そしたら優しい伯父が戻ってきて
伯母はとても喜んでいました。
「ありがとうって言ってくれる
それだけで報われる」と。
◇
伯母は
「思い残すことはない、
十分できたよ、後悔はない」と。
「子供たちには迷惑かけられないから」と
1人で頑張ったきた部分も多い伯母。
24年間という長い時間
伯父を支えて生きてきた…
同じ女性としても
本当に頭が下がります。
◇
2人とも長い間頑張ってきた
これからはゆっくりしてくださいね。
沢山の思い出と学びをありがとう!
そして、
母は最後に伯父に会いに行くことが出来ました!
そのことは日曜日の記事で書きますね。
日曜日は毎週
遠距離介護している実母のこと
管理している実家のことを書いています^ ^

