私が初めて電報を貰ったのは

中学3年生の春

高校受験に合格した時でした。

 

 

送ってくれたのは私の母の兄で、

私の実家から車で10分ほどの場所に

住んでいる伯父。

 

 

背が高くて

優しくてかっこいい

大好きで憧れの伯父、

 

 

なんて粋なプレゼントだろうと

ますます憧れたのを覚えています。

 

 

家族の笑顔が増える 心地いい暮らしを

インテリアスタイリスト 秋吉のりこです

 

 

7月9日の早朝、

その伯父が亡くなったと連絡がありました。

 

 

この約1年は施設に入所していて、

先月風邪から肺炎になり

病院に入院していました。

 

 

とてもプライベートなことになりますが

読んで頂けると嬉しいです。

 

 

親戚の中でも一番近くに住んでいた伯父一家、

子供は3人いて

私の1才上の男子・同じ年の男子・2才下女子、

 

 

小さい頃は2家族でよく出掛けて、

どの親戚よりも長い時間を過ごしてきました。

お互い引越してもいつも近く!笑

 

 

お墓も同じ時期に

同じ霊園で購入した伯父と母。

父のお墓の斜め前が伯父一家のお墓

 

 

私の母にとっては

いつも近くにいてくれる

優しくて頼りになる

大好きなお兄さんだったと思います。

 

 

その伯父は24年前

55才の時に脳出血で倒れました。

私が27才の時です

 

 

銀行に勤めていたんだけど

出向先が決まって

子会社の社長になってすぐの時でした。

 

 

ちょっと前のドラマ

「半沢直樹」を見た時には

私の知らない世界で

伯父の人生を見たような気がしましたね^^

 

 

脳出血で倒れた後は

左半身が不自由になりましたが

元気に退院し、

 

 

杖を突いて歩き

車を障がい者用の操作に変え、

車で日本中を

飛行機に乗って世界中を旅しました。

 

 

「のりこちゃん、世界の人は優しいぞ」って

旅行先で受けた親切や体験を

嬉しそうに話してくれていました。

 

 

働き盛りの時に倒れた伯父を

24年間支え続けた伯母は伯父と同じ年齢。

55才から79才まで

殆どの時間を自宅介護で支えてきました。

 

 

私と伯母は介護友達^^

「他の人に話せない事も

のりこちゃんには話せるのよ」

と言ってくれて、

 

 

お互い時間がある時は

電話で愚痴をこぼし合ったり、

帰省した時にはおうちにお邪魔して

我が家の子供たちにも孫のように接してくれて。

 

 

伯父が最初に脳出血で倒れた時に

一緒に病院で過ごした時から、

伯母の介護の日々を近くで感じてきました。

事故で脳挫傷にもなり数回入院や手術を繰り返しました

 

 

近頃の伯父は認知症も出てきていて

気性も激しくなっていたけれど、

服薬すると歩行が不安定になるので飲めず

伯母が我慢することも多かった。

 

 

でも、この1年は

薬を飲まなくては難しい状態になって…

 

 

そしたら優しい伯父が戻ってきて

伯母はとても喜んでいました。

「ありがとうって言ってくれる

それだけで報われる」と。

 

 

伯母は

「思い残すことはない、

十分できたよ、後悔はない」と。

 

 

「子供たちには迷惑かけられないから」と

1人で頑張ったきた部分も多い伯母。

 

 

24年間という長い時間

伯父を支えて生きてきた…

同じ女性としても

本当に頭が下がります。

 

 

2人とも長い間頑張ってきた

これからはゆっくりしてくださいね。

沢山の思い出と学びをありがとう!



そして、

母は最後に伯父に会いに行くことが出来ました!

そのことは日曜日の記事で書きますね。


日曜日は毎週

遠距離介護している実母のこと

管理している実家のことを書いています^ ^

 

 

友だち追加

 

初めましての方へ
自己紹介をしています!よかったら→マイ・プロフィール