自分の哀しみとも向き合った日 | 大人の天才性発揮ラボ

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ときめく事で生きていく

こんばんわ
 
最強のココロ整理術ibマッピング
インストラクターの、のださちよです
 
壊れていたパソコンがやっと治り
イベントやらブログで書きたい事も
沢山あるのですが、
 
今日は自分の中から
感情がこみ上げてきた事を
書き記しておきます
 
小林麻央さんが旅立たれました。
 
勇気や感動を伝えてくださった事
人生は自分で輝かす事を最後まで
身をもって表現して下さった事、
 
ブログから受け取っていただけの
私が言うのも
おこがましいですが
本当にありがとうございました。
 
ココロからご冥福をお祈り申し上げます。
 
この出来事から
自分の中にある感情に
久しぶりに向き合わせて頂きました。
 
ニュースを耳にした時
私の中で一番気になったのは
 
海老蔵さんより
麻央さんより
 
お二人のお子さんでした。
 
どんな気持でいるかな
素直にぶつけられる大人がいるかな
深い愛で抱きしめてくれる大人がいるかな
 
母を子供の頃になくした
自分の経験も重なってしまい
いろいろと頭のなかでは感情が
渦巻いてました。
 
そんな気持ちを抱えながら外に出た時
 
4~5歳くらいの女の子が
「おかあさん、あのね・・」と
ちょっとたどたどしくも必死に話しかけて
お母さんも「うんうん・・」と
向き合っている姿を
目にしたとたんに、
 
突然涙が出てきました。
 
子どもの頃、何度も経験した
私には「おかあさん」と呼べる人が
もういないという
何とも言えない損失感と
 
ぬくもりやリアクションを
リアルに感じる事が二度とできないという
寒さやさみしさ
 
世の中にはこれだけ沢山の人がいるのに
どうして私のお母さんだけが
いなくなってしまったんだろう?という
理不尽な思い
 
毎日毎日、テレビや友達や
街の景色の中で、
気づかされていた
子どもの頃の感情が
 
本当に久しぶりに
こみ上げてきました。
 
もう不用意に出てくることは
ないかなと思っていたのに。
 
海老蔵さんの会見で
ちいさなお二人が
麻央さんの隣で眠っていた話を聴いて
思い出したこともありました。
 
私は、お母さんが旅立った後も
肉体があるうちはなんとなく
落ち着いていたんです。
 
悲しさはもちろんあったけど
自力での呼吸が困難になり、
最後は、のどに穴をあけて管をとおして
延命をしていたお母さん
 
やっと楽になってよかったねと思う気持ち
痛々しい姿をもうみなくてもいい
自分もホッとした気持ち
 
やっと、お母さんと静かに向き合えた
そんな気持ちもありました
 
でも、肉体が無くなってしまう時に
もうほんとに二度とお母さんが
私の目の前に
存在する事がないんだと思ったら
 
言葉では言い表せない感情の渦が
こみあげてきて
始めてお別れをする問う事が
どういうことなのかを
体感した記憶があります
 
きっと、この何とも言えな恐怖や
さみしさや不安定な感覚は
一生抜けないんだと思います
 
事実、
嬉しい事、幸せな事の裏に常に
お母さんはどんな反応をして
くれたのかな?
お母さんと直接話がしたいなと
恋しく思う自分が常にいますから。
 
でも、この壮大な悲しみがある事で
活かされた自分もいることも事実。
 
人は必ず終わる事
だからこそ、
起きていない未来の不安や恐れを抱くより
起こしたい未来を描く事
 
自分の人生を選び開き生きる事の
大切さや楽しさ
 
どんな悲しみや困難も
全てに意味があって力になる事
 
さまざまな感情を感じられる事
 
動けないとき、どうしようもない時も
人生にはあって良いという事
 
弱い自分も寄り添っていればいい事

沢山の愛情があふれていること

仲間がいること
 
私の今につながる気づきや原動力は
この哀しみからも沢山産まれてきています
 
そして、存在が無いからこそ
母の存在や目に見えないすべての物が
常によりそって支えてくれている
心強さや勇気ももらっています
 
 
麻央さん、自分勝手な思考で、
ごめんなさい

で、旅立たれてからも
勇気や気づきを下さって本当に
ありがとうございます。
 
私の声は
ちいさな二人は直接届かないけれど
 
自分の人生を自ら選び生きていけるように
そして沢山の愛情に支えられますように
ココロの中で応援しています。
 
そして、麻央さんには及ばないけれど
 
私の母がくれた命を
自らで輝かせながら、時には
だれかの勇気にもなりうるように
 
生きていきたいと思います。