四十九日でした | Keiko|占星術✖️潜在意識
昨日は祖父の四十九日。

なんだかあっという間に、
この日を迎えました。

20日は私の誕生日でしたが、
そんなことは軽く受け流し(笑)、
四十九日の準備に追われていました。

お花やお供えを準備し、
玄関やお参りするお座敷を誂えたり。

20名以上が自宅に来たので、
もうお茶やコーヒーを、
ひたすら淹れていました。笑

そして、納骨。

平成六年に祖父が建立し、
それからずっと空っぽだった我が家のお墓に、
順通りに祖父が入りました。

墓地の入り口に建つ祖父のお墓。

車で通りかかっても、
よく見えるので、
今後は敢えて、
この墓地の前を通ろうと思います。

お食事は、
いつもの梅の花。

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お豆腐と湯葉なので、
ほぼ年配ばかりの親戚にも、
喜ばれました。

食事はもちろんのこと、
バリアフリーだったり、
お座敷でもテーブル席なので、
立ったり座ったりしやすいこと、
そして、駐車場も広くて停めやすいから。

そんな理由で、
梅の花はよく利用します。


普段ポイントカードって、
あまり作らないけど、
昨日初めて作ってみました。

これまでもよく利用していたので、
早く作れば良かったなぁと思うほど。

そんなわけで、
とにかく無事に四十九日が終わりました。


次は百箇日、そして初盆です。

人が亡くなるって、
大変ですね。

こんなに近しい家族を、
見送るのは初めてでしたので、
改めてその大変さを実感しています。

まぁ、どこまできちんとするかは、
家庭によって様々なのでしょうが、
祖母の口癖が、
『おじいちゃんに恥はかかせられない』
なので、
殊更気合いが入っているようです。

どこまでするかは、
故人への想いの現れ、ですね。

祖母でなくとも、
私もやはり、祖父のために、
丁寧にしたいと思います。

そしてやはり、
私たちの命は永遠なのだと感じます。

死んだら終わり、
なんて、嘘です。

物質として存在しなくなった、
ただそれだけです。


お経が終わり、
御説法でこんなお話がありました。

『おじいちゃんの身体はもうありません。
部屋を覗いても、そこにはいないし、
電話をかけても、いつもの声は聞けません。
でも、それは物質としてなくなっただけ。
寂しいけれどね。
この命は終えても、仏様となってずっと存在しています。
人間は皆、命を終えるんです。
そうしたらまた、一緒になるんですよ。
死んだら終わり?そうじゃないんですよ。』


仏教の詳しいことはわかりませんが、
引き寄せだって同じことを言ってます。

私たちの命は永遠であり、
物質として存在しているのは、
ほんの数パーセントの「自分」であること。

私たちの大半は、
エネルギーであり、
内なる存在であること。

あぁ、仏教の教えにも通ずるんだなぁと、
そんなことを考えながら、
御説法を聞いていました。


別に暗い話をしたいわけではなく(笑)、
お彼岸であり、四十九日だったので、
そんな死生観のようなことを、
よく考えていました。

あの世とこの世が交わるとき、
エネルギーと物質が混在するとき、
やはりお彼岸は流れが変わるようです。

さて、お彼岸も終わり、
新たな一年がスタートします。

元旦もスタート、
節分もスタート、
そして春分の日もスタート、
スタート多すぎですけど(笑)。

もう、これが最後かな?

でも春分の日のスタートは、
エネルギーの流れが変わるスタートなので、
私的には(誕生日でもあるし)、
今回が一番大きな節目に感じます。

新たな気持ちで、
良いエネルギーを循環させましょう!

それでは。