おはようございます☀
昨日は、k-iori のかよちゃんがご縁を繋いでくれた方とお電話でお話をさせてもらいました。
お話するのは2回目なのですが、『看取り』と『映画みとりし』に興味を持ってくださって、
『周りに高齢の方がたくさんいるので、地区の行事で映画の上映会をしてもらいたい』
『応援したい』
とおっしゃってくださいました。
その時に
『引野さんがどういうきっかけで看取り士になったのか?を教えてもらいたい。』
とご希望をいただいたので、一緒に送らせていただく資料にプロフィールを入れさせていただきました。
かよちゃん ありがとう🙏
私は、昨年の3月に、母を腎不全で見送りました。週3回の透析が必要だった母は、氷上町の大塚病院さんの医療施設に入所していました。
コロナ禍で、2年間ずっとオンライン面会で、1度も直接会うことなく、母を1人で旅立たせてしまったことが、心残りになりました。
きっと同じような思いの方がいらっしゃるのではないかと思い、看取り士になり、ステーションを開所致しました。
最後のオンライン面会では、母は家族に遺言を残してくれました。
そしてその時に『お母さんは家に帰るから』と言っていました。
その数日後に亡くなって、家に帰ってきました。
本当は、生きている間に、家に帰りたかったと思います。
このような内容の事を入れさせていただきました。
母が施設に入所した時から、もう看取りが始まっていたのだと思います。
母の施設に通う道中、色んな感情を味わい、色んな気付きがありました。
母からたくさんの愛を受け取りました。
亡くなった日の朝
施設からの電話で
『もう息が止まりそうです。多分、間に合わないと思います。』と言われました。
母の元に着いた時には、母はすでに亡くなっていました。
その後は、自宅までの搬送依頼や、家の準備、葬儀の準備などで、ゆっくり悲しんでいる暇もありませんでした。
あの時に看取り学を学んでいたら、もっと穏やかで、優しい気持ちで、母に触れることができていたのかもしれません。
看取りは、取り返しがつかない尊い場面です。
送る側が、どういう気持ちで大切な人を送るのか?
亡くなった方はどうなっていくのか?
そのようなことも分かっていれば、見送る方も見送られる方も安心していられます。
私は、母を見送ってから、看取り学を学んだのですが、その過程がグリーフケアになりました。
何事もタイミング!
決して遅いという事はありません。
ぜひ、新しい死生観を知っていただきたいと思います。

