おじいちゃん

84歳でした。

書きたいことはたくさんあるんだけど、うやくまとまらない。


産まれてからずっと一緒に住んでて、両親が働いてたから、育ててもらってた。


おじいちゃん子で、お風呂いれてもらってた。
幼稚園の送迎してもらってた。
おじいちゃんのお米でここまで大きくなった。
逆上がり教えてもらった。
いかの塩辛よく食べてた
ヤカンで日本酒あたためて飲んでたな。
ごはんに小さい虫がいた時「栄養になるから食えー」と言ってた。
おじいちゃんの部屋が好きだった。おじいちゃんの部屋の押入れに秘密基地を作って寝て、驚かせた。
毎日日記つけてた。
庭に遊び場作ってもらった。
一緒にいなごとった。
セブンスター吸ってた。
10歳の時におじいちゃんとおばあちゃんが離れで住むようになった。
同じ敷地内だから会えるんだけど、回数は減った。
高校の時は、駅まで送迎してくれた。
大学進学であたしは家を出た。
帰ると暖かく迎えてくれた。
娘が産まれた時は喜んでくれた。
娘抱っこしてくれた。
気づいたら腰がすごく曲がってた。
それでも元気に田んぼや畑をやって、市場に出して、あたし達にもくれた。
いつからか、あたしが帰ると薬を広げて「これは…」と話すようになった。
5月に心筋梗塞になって、回復した。
退院してからは、畑、田んぼはやらないことになり、近所の人に委託した。
…ずっと当たり前のように食べてた、おじいちゃんの米。今年が最後か、と思った。
娘の離乳食の一口目は、おじいちゃんが作った米。
肺炎で、入退院繰り返した。
娘がいて、病気柄面会がなかなあできず、お母さんと予定が会う時に一緒にいって、交代で面会した。
入院しても帰ってくるから、今回も帰ってくると信じて疑わず、なかなか面会いかなかったことを、、一生後悔すると思う。
あっという間にあの世にいつった。前の日の夜はお話してたのに。
亡くなる前の日の深夜「長男を呼んでくれ」といい、お父さんとお母さんが行った。苦しそうであまり話せなかったらしいけど、お父さんは、おじいちゃんが何をいいたいかわかったみたいだし、おじいちゃんも俺が言いたいことはわかってた、らしい。
早朝、病院に呼ばれ、お父さんとお母さんがいった。嫌な予感がして、寝てる娘をそっと連れて病院いった。すでに眠ったあとだった。



そこから家に帰ってきて、お通夜、告別式…田舎だから、近所の人がたくさん来続けた。
バタバタと色々おわった。
娘は空気を読まず、みんなを癒していた。目が話せなくて、あたしは何も手伝いませんでした。



夕方になると、外から「けぇったぞ」って帰ってきそう。庭をみると、手入れしてそう。


あっと言う間のことで、信じられない。
そこにいそう。
また会えそう。


おじいちゃん、本当にありがとう。

ありがとうありがとうありがとう。


ありがとうー!もう苦しくないかな?


見守っててね!


$すててこは履かないけど・・