あの日から、すべての日本人にとって3月11日は特別な日になってしまったのではないかと思う。

 

あの時、東京でひとり暮らしをしていた私は、

初めて感じる大きな揺れにどうしたらいいかわからず、とりあえず食器棚を倒れないように押さえていた。

 

一旦揺れがおさまると、近所の人たちが外に出ていて

「すごい揺れだったねぇ~」と口々に言った。

 

最寄り駅まで歩いて行くと、電車が止まり人が溢れていた。

 

震源地さえ知らなかったあの時、
3月11日がこんな特別な日になるなんて考えてもいませんでした。

 

 

 

 

 

 

  

 

蓋を開けてみれば、

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)

日本観測史上最大、M9.0・最大震度7を観測。

東北地方を襲った大津波が甚大な被害をもたらし、死者不明者は18,000~22,000人にも上った。

 

信じられないくらい、信じたくないくらいの甚大な被害。

現実だとは思えない惨状のニュース映像や写真。

 

東京には、計画停電などがあったものの、

私自身は数ヶ月後には、以前とは変わらない生活をすぐに取り戻した。

 

その後、被災地ボランティアとして何度も訪れた宮城県や岩手県などの被災地。

現地は津波で町が壊滅し、以前の生活を取り戻すことができない仮設住宅で暮らす人々がいた。

それでも強く生きる人々に出会い、私が逆に勇気をもらうこともあった。
それを忘れずに、日々を過ごしていこうと心に思った。

 


 

実は3月11日のわずか13日後
2011年3月24日には、マグニチュード6.8の地震がミャンマーを襲っていた。

 

いま私が住んでいるミャンマーのシャン州で起こった地震。

救援・捜索活動は難航し、不明者も多く死者は少なくとも150人に上り、被災者は1万5000人以上となった。

 

2011年3月11日当時、私は自分が将来ミャンマーに住むなんて考えてもみなかった。

ミャンマーでも地震やサイクロンなどの自然災害が起きている。

 

世界中で自然災害が起きているんだよなと、ふと考えた。

記憶に新しいネパールで約1万人が犠牲になった内陸地震や、2013年にはハイチの地震で100万人以上が家を失ったり、アメリカの竜巻被害もよく聞くし、フィリピンでも大型台風が多くの被害を生んでいる。

他にも世界中のあらゆる場所で自然災害が起こっている。

 

そんなことを考え始めた私は、
3月11日を世界に祈る日にすることにしました。

3月11日に日本と世界の平和を祈ることにしました。

 

東日本大震災の傷が癒えますように、

突然命を奪われた人、死後に幸せでありますように。

大切な人を突然失った遺族の人たち、少しでも心が癒えますように。

悲しみや苦しみから解放されますように。

 

祈りに何の意味があるのか本当はよく分からない。

旦那は仏教徒で、毎日祈っているけど、その祈りのことも完全には理解していない。

 

でも、どうしても祈りたくなる時がある。

 

祈りに何の力があるかわからない。

それでも、信じて祈りに頼りたくなる時がある。

 

すべての人が悲しみや苦しみから解放されますように。