まみーです。
私、長男が小さい頃とき、覚えてるのは5歳の頃や小学一年のころかなー
なぜか、長男にイラッくるときがあってね。
恥ずかしがって大勢の人の前に出ていけないとき
保育園の卒業式の日、家で着替えるときに蝶ネクタイをつけるのをすごく嫌がったとき
学習参観のときみんなが手を挙げてるのに、まったく発表しようとしない態度をみたとき
そういうときにイラッ💢としてしまう自分がいた。
たぶん、私にかまってほしくて甘えてくるときもイラッとしてたような気がする。
そんな自分を母親としてダメだと自分を責めていたのかもしれない、ずっと。
長男が中2になって不登校になってから、
小さなころの長男に対してなぜあんなにイライラしてたんだろうと色々考えていた。
愛情不足なのか?と考えていた。
そしてしばらくして、ひらめいたこと。
「あ!私の子どもの頃とソックリだからだ!!」
そう、私は子どもの頃の私がとても嫌いだった。
お母さんに怒られてばかりで。
私は子どもの頃、人前に出るのが恥ずかしくて苦手だった。
それを母はダメだと言った。
ハキハキしてない、
ちゃんと挨拶もできない
気が利かない
明るく快活なあの子と全然違う
人と違うのが嫌だった
私だけみんなと違って母の好みの服を着せられて
みんなから好奇の目でみられてるようですごく嫌だった、
息子も卒園式に蝶ネクタイをつけるのは、あのときの私と同じ気持ちだったからだ。
それが私にはよくわかった。
だから嫌だった。
私とソックリな息子が私と同じダメな子のような気がしたんだと思う。
発表しない長男をみると、母からダメだと言われ、
私自身も惨めで悲しく思ってたあの頃の自分をみてるようで
すごくすごく嫌な気持ちになった。
ダメだと言われ続けたあの頃の私と長男はそっくりにみえたのだ。
だから私は長男に厳しかったし、ときに邪険だった。
私が母にされたこととおんなじことを長男にしていたことに気づいたのだ。
あんな母親みたいに絶対になりたくないと思っていたのに。
本田晃一さんの記事、同族嫌悪ということを読んで ふと思い出した。