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私は子どもの頃からずっと
喧嘩するのが嫌いだった。
言い合いをすることにも、とても抵抗を感じていた。

喧嘩をしたくないと思ってるから

本当はとても怒ってたり
悲しかったり
悔しかったり
辛かったり、
いろんな感情を全部抑え込んでこらえてた。

喧嘩するのが怖かったんだよねー。
とても心がちぢこまる。
心が怖くて震えてしまう。

いや、喧嘩するというよりも
喧嘩になったら
「大きい声で怒鳴られること」がすごく嫌で
それが嫌だから喧嘩したくないんだ。

で、その苦手意識を持つ相手って
年上の男性なことがほとんど。

若い時から、年上男性が苦手だったのは
そのせいだったからだな。

いや、ずっと何でだろう?って思ってたんだよねー。

「大きい声で怒鳴る」ってね、
たぶん
私のお父さん。

私が赤ちゃんの時から
母を怒鳴ってたのかも。

父はね、母と結婚した頃は
製鉄所の構内の関連会社で
三交代勤務してた。

だから、夜勤が続くときは
昼間に寝てないといけない。

生まれたばかりの赤ちゃんは泣くよね。

うるさくて、父は眠れないから
母を怒鳴ってたんだと思う。

子どもが泣いてるから
なんとかしろって。

当時、狭い家に住んでた。
まだねカラーテレビない時代。
歯磨き粉は、緑の粉だった。

父はね、田舎から兄を頼って農家の実家から飛び出して
兄の紹介でその会社に入社した。

農業を継ぎたくなかったそうだ。
でも、いちばん田植えは上手だったらしい。
まだ機械じゃなく、手で植えてたころ。
父が田植えをしたところは、とっても稲の育ちが良かったって。

けど、父はサラリーマンに憧れて家出したと聞いた。

一生懸命働いて、家族を養うため
三交代で
汗と粉じんにまみれて真っ黒になって働いてたんだ。

私は病弱だったから
いつも病院通いで、
給料前のお金がないときは、
父のお気に入りのニコンのカメラを質屋にいれて
給料もらったら、カメラとりにいって。

そのころはまだ質屋さんがたくさんあったんだって。

母が27年前に他界して
全然付き合いが途絶えてた従姉と
5年まえにばったり出会った。

そのとき思い出話の中できいた。

母が雨が降るのに、玄関の軒先で
赤ん坊だった泣いてる私をおぶってあやしてた。

どうして家に入らないのか尋ねたら
私が泣いたら
お父さんが眠れないから
外であやしてるって。

雨が降って寒いのに、あんたのお母さんは
お父さんに気がねばかりしててね・・・

そう話してた。

父が母を怒鳴って
ご飯ののったテーブルひっくり返した記憶。

目の前でみた5歳ころの私。

どなり声が怖かった。

喧嘩するのやめて!って心の中で叫んでたんだね。

息を殺してじっとしてたけど。



それだ。

それだ。

それだったんだ。



なんとなーく
そうじゃないのかなーーーーーみたいな気はしてた。

でもまだ
近づいてきてなくて
あんまり感じてなかった。

今年の1月に
心屋仁之助さんの書いた本の中で
なぜか最初に選んで買った本。

それは「光と影の法則」。

はっきり書いてある。
これだ、みつけた。

買ってすぐ読んだときは
正直、これほどまでに感じなかった。

心屋塾の初級セミナー受けようと思った動機だって
ただの興味本位。
今はそれほど悩んでないけどいいかなあ?
とか思ってたぐらいだった。


が、
が、
が、

潜在意識は知っていたのね。

しかし
それにしても
なんか
おもしろいことが起きてます。