おはようございます、ひまわりまみーです。
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離婚で学んだこと。


前夫との結婚生活の中で
私は、ほんとうに言わなきゃいけないことを夫に言ってなかった。

思ってることを上手く伝えることもできなかった。

離婚したあと、何かの記事に離婚の原因の多くは「夫婦のコミュニケーション不足」と書いてあったのを読んだ。

それを読んだとき、あー私もそうだったなと思った。

肝心なことは話してなかった。

喧嘩をするのが嫌で、夫に言いたいことがあっても我慢してた。

言ったら喧嘩になるだろう

言ってもわかってもらえないだろう

どうせ私が責められるだろう

だったら私さえ我慢していればいい。

私が大人になればいい。

ずっとそう考えて我慢してきたけど

やっぱり限界がくるもんだ。


こうやって思い返してみると、私の父親、母親へのイメージを当てはめていたとわかる。

父親との関係が夫との関係に影響してくると知ったが、なんだかピンとこなかった。

でもこうやって書いてみると、そういうことかと思える。

子どものころの父と母の喧嘩を目の当たりにしたときのイメージ。

刷り込まれちゃったんだなあ。

思い込みを作ったんだなあ。

父のあの怒鳴り声、ちゃぶ台をひっくり返した怒り。

怖くて怖くて動けないほど嫌だった。

母が何かひとこと言ったことで、そんなことになった。

だからだ。

夫と喧嘩するのがすごく嫌で、ほとんど喧嘩しなかった。

それでも、私も腹がたって何かひとこというと、必ず夫は物に当たった。

幼いころの記憶のまま、私の目の前に再現されてるじゃないか。

無意識で必ずこうなると思い込んでるから、自分でそうなるように、そんなひとことを夫に言ってたんだ、無意識に。

自分の意識ではそんなつもりはないのに。

恐るべし無意識。

目の前に起こる現実は、私の無意識が作り出してるというのはこのことか。

そういうことだよねー。

やっと解せた。

しかし、もう離婚して何年?
20年は過ぎてるねー。
20年後にわかるとは(笑)

ま、いいけど。


話が全然それてしまいました。


私が言いたいことは

やっぱり、喧嘩になっても
そんなこと怖れないで、言いたいこと言えばよかった、ということ。

夫も私も大事なことは何にも話さなかった。

話してもムダだと最初からあきらめていた。

わかってもらえないと決めつけていた。

だけど、わかるか、わからないかは話してみればわからないのだ。

振り返ってみれば、そういう努力はすれば良かったと思う。

今でも私は、夫へ話すと駄目だと言われるんじゃないかと思うことを話すときは、
とても勇気がいる。

けれど思い切って話すようにしている。

正直に話すということは、時に勇気も必要なこともある。

正直に話すってことは、正直な自分を相手にさらけ出すということでもあるよね。

黙ってたって、相手にわかるわけない。

仙人じゃあるまいし、心の中まで読めるわけない。

大切な人であればあるほど、喧嘩してでも本音を吐き出さなきゃ
本当の意味での信頼とか、愛情とか育っていかないと思う。

そう、愛も信頼も二人で育てていくんだと。

もともと愛を持ってるんだから。

だから、これからは
できるだけ自分の思ってることは
伝える努力をしていこうと

大切な人ほどそれは大事なことなんだなと心からそう思った。

つい、言葉にしなくてもわかってほしいって思ってしまうけど。

やっぱり言葉にして伝えることは大事だと思う。