
きのうは立春、庭の紅梅です。

こちらは白梅。
紅白の梅、おめでたいでしょ。
さて、去年の私は、それまでとは違って、自分が素直にやってみたいと思うことをやってみることができた年だった。
この世に生を受けて50年目、人生の一つの大きな節目の年だったと思う。
三人の子どもたちは、いろいろありながらも上の二人は社会へと羽ばたき、三男は小学校へ入学した。
私は、いよいよ何か行動を起こしていこうと、どんなことをどんなふうにやってみようかと模索していた。
まず自分の学んできた整体を、いよいよお客様に施術させていただくためきちんと仕事として
整体師として開業しようと決めた。
ボランティアで知人友人に施術させてもらっていくうちに、相手の方との会話中でいろいろな悩みや愚痴なども聴くようになった。
そして「聴く」ということも大事なことだと考え、私なりにお客さまにとって何か足しになるようなお話がさせてもらえたら、もっと喜んでいただけるだろうと、「心理学」も学びたいと思うようになっていた。
もともと興味のあることだったし、仕事にも生かせるし、きちんと学びたいと意欲が湧いてきた。
なんだか興味があって、東京まで行って舛岡美寿子さんのセミナーを受けた。
このセミナーですごい刺激を受けた。
朝から飛行機に乗って日帰りの、たった数時間のセミナーだったけど、なんだか何でもできてしまいそうな、ものすごーく不思議なエネルギーを浴びたような感じだった。
戻ってすぐに、仕事のHP作成と仕事ブログの作成に取り掛かった。
心理学の勉強も週一回、日本メンタルヘルスの福岡校へ通うことに決めた。
東京へ行くことも、博多へ通うことも、全部「夫」という関所を通らなければならなかったけど、
私はあきらめないで頑張った。
この関所は私にとってはかなりの難関だったが、頑張った。
そして去年、この私にとって最後の難関、「夫」との関係も激変した。
博多へ心理学の講座へ通っている最中に、いくらか安定してきたと思っていた夫の状態が
またまた不安定になり、私の夫に対する気持ちがどうしようもな苦しくて追い詰められたような、そんな精神状態になってしまった。
やっと少しずつここまできたのに、また以前のように精神的な圧迫感というか、あのキツさはもう嫌だと思った。
もう体力も気力も限界な感じで切羽詰まっていた。
そんなとき、ナチュラルセルフカウンセラーのゆうさんのブログに行き当たった。
カウンセリングを受けようかと思案しつつメールした。
ちょうどクラスが始まるので受講生を募集していた。
ちょっと迷ったけど、こういう心理学も勉強したいと思ったし勇気出して受講を申し込んだ。
セルフカウンセリングガイドブックをちゃんと読んだ。
自分がいい人であろうとすればするほど、自分の嫌な部分、自分の嫌っている部分が増大してますます苦しくなっていく、ということが書いてあった。
最初はどういうことをいってるのかよくわからなかった。
そして「鏡の法則」のこと。
無意識が作りあげる現実のこと。
どれも初めて知ることだった。
混乱しながらも、とうとう私はみつけた。
自分の中にある、もう一人の自分を。
こんな私は私じゃないのと、いないことにしてた、見てみないふりしてた自分と対峙することだった。
そしたら、自分が生きるために固くて重たいヨロイを着てたことにやっと気づけた。
なんだ、今まで頑張りすぎてたんだってやっと気がついた。
ヨロイなんか脱ぎ捨てて、もっと楽に生きていこうって思えた。
それまでは、知らない間にヨロイを重ねていってたにもかかわらず、私は平気よって顔してたんだよね。
でも、いいんだ。
ヨロイだって必要だったから着てたわけだし。
気がつけたから。
そしたら、夫との関係が激変した。
夫から愛されていたと、やっと受け取ることができたのだった。
夫にあなたが変わるべきでしょ、って思ってたけど
それは私の方だった。
それが突然やってきて、夫への愛おしさと感謝が溢れだした。
びっくりするくらい。
こんなことってあるんだって、すごいなって思った。
博多で受けていた心理学の講座での気づき、そしてナチュラルセルフアカデミーでのクラスでの気づき。
今となってみれば、全部つながっていた。
そのときそのときの、ひとつひとつの出来事は、バラバラのようでも
振り返って眺めたとき、すべては今の私のための布石だった。
そして、今の私の目の前に繰り広げられる現実は、未来の私のための布石となっていくのだ。
だからこそ、一瞬の今を大切に生きることが大事だと思う。
だって、私たちは今に生きてるから。
これからも私の経験したこと、思ったことや感じたこと、私なりに私の言葉で書いていこう。
私の経験は私だけのオリジナル。
そして真実。
こんな自分は嫌だと思ってた頃
誰も私のことを知らないところへいって
違う私になろうとしたこと、
最初の結婚、離婚。
わからないことがわからない中での子育て
可愛いと思えなかった子ども
一人で歯を食いしばって踏ん張ってたシングルマザーだったころ
長男育ての悩み、長男の不登校。
再婚、高齢出産、夫からのモラハラDVから今にいたるまでの諸々。
いろいろあった。
そのときは必死だった。
誰にも言えず、悩みに悩んであがいてた。
だからこそ、気持ちもわかる。
これからも私の経験したことをありのままに書いていこう。
そして、これを読んでくれる人が、何か気づくきっかけをみつけたり
励みになったり、希望を持ってくれたり、なんでもいいから何か感じてくれたらいいなと思う。
何かを感じるってことが
その人の、そのあとの何かにつながっていくと思うから。
私も子どもたちも
いままでたくさんの人たちのおかげて
ここまでこれた。
だから今度は、私が何かできることがあればと、そんな想いが膨らんできた。
去年、手にした東洋学の本でふと目にした孔子の有名な論語の一節。
「五十にして天命を知る」
そっかー。
50で天命を知るんだ、と単純に思っただけだけど。
そのとき、「私そうかも」って感じたもんで。
畏れながら、今日のタイトルに入れてみた(^^ゞテヘへ。
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では、これからもよろしくね。
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