差別はなくならない? |  運命学問研究家 檜原有輝

 運命学問研究家 檜原有輝

わたしの使命は 「伝え続けること」

先日、参観懇談会で
「人権差別」についての授業でした。


参観ではまだ低学年なので
みんなの価値観の違い。
そういう話をするんですね


終了後、
親だけの懇談会に参加しました。

老人、障碍、同和、身分差別などなど。
たくさんあります。

私たちの時は
「道徳のじかん」というので
何となく教わったと思います。


あらゆる話をしてくれた中で
最後に担任の先生が

「差別はなくならない」 

けして仰らないでいただきたい。

家庭で子どもに聞かれた時の対応を
言われました。お願いされたのかな?



それは裏を返せば

「差別はいつか無くなる」


ってことですよね。


ごめんなさい…σ(^_^;)
私はそんなことは言えません。
断定できないことだもの。


人間は煩悩の生き物だからね。


差別のない社会や世界は
歴史上のどこにも見当たらない。


もし、子どもに
「差別はなくならない?」って聞かれたら
「…かもしれないね」と答えるとおもう。

うちの子は幸い、そこまで早熟ではなく
そんなことは全然聞かない(笑)


私からすれば、べつに無理に

聞かなくていいのだ。
知らなくていいのだ。

だって
そんなことを断言しなくても
大切な事を日々教えている。
(わかっているかは別だけど)


私の母親はスペシャル差別者だった。
上記に挙げた差別意識は指摘も鋭かった。

オブラートで包むどころか
「あんな風にはなりたくないね~」と
どこか蔑んでいた記憶がたくさんある。


でも
私はそれを聞いてずっと思っていた。

あんな風とは、どんな風?
なりたくないって言いながら、
じゃあ、ならないでいられるものなの?


それは今でも変わらない。
この差別問題については
未だによくわからないのだ。


それで良くないか?


だって
私はあんな風ともこんな風とも
いまだに当事者たちを見ても思わない。


個性的に
自分が良いと思う人もいれば
どうやっても苦手な人もいるよ。

それは身分うんぬん関係ないから。


学びたい人が老人なら学ぶ。
遊びたい人が障碍者なら遊ぶ。
語り合いたい人が同和なら語る。


妙に私、、、ブレないから(笑)
そこは変に自信があるの( ̄▽+ ̄*)


でもたとえブレてもいいじゃん!
人間なんだから。生涯勉強なんだから。
影響されるってそれも出会いじゃない?


常にそう思っているスタンスは
子どものときから変わらないのだ。


かといって
娘が自分と同じタイプとも思わない。

星的にも、、、
ちょっと母親に似ている傾向(^_^;)


だからこそ、、差別云々じゃなく
「たいせつなもの」についてよく話す。
そこは譲れないのだ(笑)


どこまで通じるかわからないけど
できるだけ精一杯話す。


差別はなくならない!


というようなことを
話していること自体が差別だ。

なんていう揚げ足論があるけれど、、、


あながち間違いじゃない気がする。




むかし、嵐が番組で
「いじめ」について話していたことがある。


その時、ニノが言ってたの。

いじめのことを
どうのこうのって話すんじゃなくてさ。


「いじめってなに?」
そういう時代が来たらいいよね(//・_・//)


何ていいこと言うんだろうって思った。



いじめをなくそう!
差別をなくそう!

それじゃダメなんだよ。
余計に意識しちゃう。
いじめられた人間や、差別された人間が
余計に惨めな気持ちになるんだと思うんだ。


「差別って何?」って子どもが聞いたら

なんだろね?
よくわからないけど必要なものかな?
人が幸せになるようなものかな?


力まずに重たくならずに一緒に考えていく。



「差別はなくならない?」って聞かれたら

どうだろね?そうかもしれない。
でもママは人生において
差別って言葉は必要ないね。


だって、本当に必要なかったもの。
今までだって、これからだって。
私にとって大切だと思った人が大切。
ただそれだけ。


自分が幸せで、大切な人が幸せで
皆が幸せになる方法を考えて生きることが幸せ。


それだけで充分に精一杯だよ(笑)



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