依子が家路に着くと、
けたたましい鈴の音が鳴っていた。
「はいはいはいはい…」
またまたこれが我が家の現実だ。
部屋に入ると正三郎が
ベッド柵にもたれかかるようにして
伏せっていた。
「あら、どうしたの?」
正三郎が悲壮な顔をあげた。
「わしはもう、
クリスマスまで持たんかもしれん」
「クリスマスまでって…」
クリスチャンでもあるまいし、
キリスト教祖にわざわざ張りあわなくても
宜しいじゃありませんか。
と言いたかったが、
依子はごくりと飲み込んだ。
少しばかり、
ゼイゼイと息遣いも荒く顔色も蒼い。
気弱な声で行きつけの病院へ行くと言うから
小島さんに連絡をして
連れて行ってもらうことにした。
点滴をしている正三郎は
いつもとは違う感じがした。
目を落ち窪み、
だんだん顔色が青白くなっている。
こういうのを死相というのだろうか。
本当のところ、仕事を辞めてから、
めっきりとき気弱になってしまった
夫の愚痴に付き合うことに
少々うんざりしていた。
どんな時代でも
胸を張って生きてきた私たちは、
誇りをもつことだけは失いたくない。
たとえ、老いと死が目の前に迫っていても、
最後まで凛としていたいじゃないか。
あとに続く若者たちに向けて死に様が
あっぱれだと言わせたい。
だけど、思い返せば
夫は真面目だけが取柄でよく働いてくれた。
世間知らずの私がそれなりに苦労もせずに
全うな暮らしができたのも
正三郎のおかげなのだ。
依子はそっと夫の手を握った。
こうやって肌を触れ合うのは
何十年ぶりだろう。
なぜか少し涙ぐむ私がいた。
縁あって、苦労を共にしたのだ。
最後まで添い遂げることができたのも
幸せなことかもしれない。
正三郎が目を覚ました。
「あなた…」
憔悴した様子で正三郎が言った。
「…あの世に行きかけたわい」
「え…」
「さっき母さんが三途の川まで
迎えにきたわ」
「まぁ…」
「…追い返したわい」
「……は?」
「まだ行かんと追い返しておいた」
この期に及んで?
ただの夢のお告げ話にしては
変な現実感がある。
感傷に浸る自分が流した涙は
一体なんだったのだ。
主治医から
検査結果を報告したいからと言われ、
診察室前のロビーで待たされた。
15分以上経過しても呼ばれない。
今までも何度かこんなことはあった。
私たちの与えられた天命の結末は
だれに握られているのだろう。
いよいよ私と児島さんは診察室に呼ばれた。
5話につづく♪