▼AI画像生成による「1985年日航機墜落」のイメージです
刺激の強い写真になってしまいました
日本航空123便墜落事故は、1985年8月12日に羽田発大阪行きのジャンボ機が群馬県の御巣鷹の尾根に墜落し、乗客乗員524名中520名が死亡した、単独機による航空事故としては世界最悪の惨事です。
昭和の大スター・坂本九と明石家さんま、2人の国民的大スターの知られざる運命を紐解く物語
さんま:山田裕貴
坂本九:山本耕史
さんまさん「あの日俺の人生が静かに変わった。そして、あの人の人生も・・・」
1979年、京都・園山大弓道
練習しに来ていたはずのさんまさんは一人でしゃべってばかり。
弓道の師範「もっと集中しなさい。なんで弓道が好きじゃないのにここに来たんだ」
さんま「(松之助)師匠に行けって言われましたんや。落語で大事なのは、形やからここで鍛えてこいって」
師範「的だけを見て、心を平穏に」
ある日、坂本九も弓道に来ました。
さんま「坂本九さんや、大ファンなんです」
坂本九「ありがとう」
さんま「いつか九さんと共演できるようなスターになりますんで」
坂本九「そうか、待っているよ」
1980年4月
坂本九さんが司会のテレビでの対談番組『スター千一夜』が好評。
レポーターのインタビュー「九ちゃんの笑顔でお茶の間も癒されています」
坂本九「歌もまた届けられたら嬉しいです」
坂本九はマネージャーに「本当は歌を聴いて欲しい気持ちはずっとあるんだよね。司会がいいって言われると嬉しいけど、何かちょっと複雑なんだよね」
マネージャー「九さんはどうしていつもそんな笑顔でいられるんですか」
坂本九「昔ね、命を拾ったことがあってさ。1943年、2歳だった僕は母に連れられて疎開のため汽車に乗ったんだ。その汽車は事故を起こして100人以上が亡くなったんだ。僕と母が乗った車両は奇跡的に無傷だった。あのとき助かった命は僕のための命じゃないんだよね。決めたんだ。自分のためじゃなく、人のために生きようって。人を幸せにできるならどんな時も笑顔でいようって」
スター千一夜の責任者「番組も少し思考を変えて、若手芸人を出したいと思う。明石家さんまなんかどう?」
坂本九「おもしろそうだね」
1980年6月12日、明石家さんまがゲストに大抜擢。
憧れの九ちゃんとトーク。
坂本九「笑顔が素敵で、こっちまで幸せになった。あの子はきっとスターになるよ。新しい時代のはじまりかもしれないね」
翌年『スター千一夜』は約22年の歴史に幕を下ろしました。
その後、坂本九さんは日本テレビ『スター誕生』の3代目の司会者に。
マネージャー「これって主役じゃないっていうか、見守る側で・・・。もっと九さんが真ん中にいる方がいいんじゃないでしょうか」
坂本九「次のスターを作るのも、悪くないよ」
気づいたら、さんまさんは全国区の顔になっていました。
1985年、さんまさんはどんどん仕事を入れられて、休む暇がなく「正直限界っすわ」
タクシーに乗った際「運転手さん、環状線もう10周してくれ」と言い、舞台もボイコットしました。
長時間拘束されるドラマにもうんざり。
撮影中にみそしゅうゆだれに自ら落ち、監督に「これで俺死んだことにできませんか。このドラマ出なくてもいいように」
疲れて家に帰ってきても、記者のカメラが待ち構えていて、休む気がしませんでした。
悪いことは重なりました。
1985年7月にさんまさんのおじいさんが亡くなりました。
芸人になるって言った時に家族が反対する中「行ってこいって」背中を押してくれました。
8月5日、ラジオ番組『ヤングタウン』
スタッフが渡邉デイレクターに「さんちゃん、最近疲れてそうですね。今のさんちゃんは、ほっといたらやばいほどしんどいだと思う」
さんま「そりゃ笑えん時もありますよ。来週のオンエアまでは笑えるといいな」
そして・・・、1985年8月12日 。
臨時ニュース「ヒノマル航空 123便が消息を断ちました」
スタッフ「この便って、いつもさんちゃんが乗っている便じゃないですか」
渡邉さんは焦りました。
ラジオ局内をくまなく探し、ようやくさんまさんが見つかりました。
「無事だったんだ・・・」
さんま「日曜収録の『さんまの駐在さん』と『ヤングタウン』を月曜にまとめてくれって、ずっと言っていたんだ。そしたら7月から急に変わって」
渡邉さん「それはおじいさんが亡くなった月・・・。おじいさんが変えてくれたんだ」
さんま「どないしたんですか」
渡邉さん「(123便に)坂本九さんが乗ってたらしい」
さんま「九さんが?」
ラジオの本番が始まりました。
さんまさんはリクエスト曲をかけながら「頼む、生きててくれ」と祈ってました。
途中から、いつものさんまさんに戻ったようです。
さんまは渡邉さんに「俺にとっては、おじいと神様がくれた命やと思っているんです。これからは自分のためじゃ無くて、人を喜ばせるために生きようって。九さんみたいにどんな時も笑って、みんなを幸せにできるようになりたいんです」
渡邉さんはうなづいてから「さんちゃん、外に芸能レポーターいっぱいいるから」
さんま「ほな、笑かして帰ろうか」
古畑任三郎・さんまさんがゲストの回はこちら(2024年6月26日)
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