好きでも嫌いでもなく、認識なんだろうな。
私存在してる
っていう感覚が、愛を感じてるってことかな、と。
まぁ、だから何って話かもしれないけど。
自分が自分を認識できなければ、きっと外に愛を求めてしまうんじゃないかな。
外に求めるようで内に求めているんだけど。
だって世界はお腹からぐるっと輪になるスピーカー型だと思うんだよ。
スピーカーの先は内に向いているから、発した音は自分の中に反響する。
まぁ、だから何って話かもしれないけど。
自分の存在を確かめ続けるのが、人間の本能なのかな〜。
なんのために、なんて、考えるのも野暮っていうか。
きっと、どうでもいいこと。
ホラー映画を見ていたら、「あっ、ハルの力ってこういうことじゃないか?」というのがあり。
それは記憶を共有…というか記憶にアクセスできるというもの。
共感覚までなら出来たかもしれないけど、記憶にアクセスし干渉するというのは開発されたものなんじゃないかしら?
干渉するのがレムリアの力で、アクセスするのはシリウスの力かもしれないな。逆に考えてたけど。
いや、どうでもいいことなんだけど(笑)
ホラー映画を見てから、
「幸せとは?」「個とは?」とか色んな話になって、一応の今日の終着点が「愛って認識のことか」
話が飛んどる(*ノ▽ノ*)
居るってことを確かめたいのかなと。ね。
それによって分離できるから。
分離することによって自分を認識できる、それを愛し合うっていうのかな。
えっ、ワケワカメ?(°▽°)
まぁ、だから何って話だから…
キヨさんはホラー映画を見て、今日こんなことを思いました。
って話(*´ω`*)
