「私のこと」シリーズ 第1章②

 

 

次は、小学校時代のこと。

 

いろいろな刺激を受け、いろいろな感情を抱きながら、私も成長していきました。

 

 

そういえば、小学校時代によくやっていたことがあります。

それは…

班長や学級委員。

選ばれたり、自分から立候補したこともあったかも。

クラスの中や班の中では、わりと前に立つことが多かったかな。



でも、とにかく運動がダメで(笑)

特に足が遅くて、遅くて…。

体育の時間がイヤでたまりませんでした。


それなのに、私が通う小学校はマラソンに力を入れている学校で、、、

毎朝校庭を走らされるし、冬になると授業で江戸川の土手まで走りにいかされるし、毎年マラソン大会はあるし、もうホントにイヤでしたよ(笑)



しかも、私は皮膚が弱くて、みんなと同じ体操服は着れなかったんですね。

女子はみんなブルマ(当時はみんなこれ)を履くのですが、私はこれがダメで、学校に許可をもらって一人長ズボンを履いていたんです。


運動ができる子が、みんなと違う体操服を着るならカッコイイですが、私の場合はその逆…。

運動音痴で走るのも遅いのに、目立つ格好をしていたので、これもまたイヤでしたね。


当然ながら、人と違うことを攻める子がいたり、冷やかしてくる子もいました。

だから、本当に、体育の授業がイヤでイヤでたまりませんでした…。




でも、悪いことばかりではないものです。


この「人と違う格好をせざるを得なかった」という経験は、後の私に「みんなと同じじゃなくてもいい」という感覚を植え付けることになります。


注目され、冷やかされ、嫌な思いもたくさんしました。

でも、それに耐えるということも学びました。



人と違ってもいい
それぞれ事情があるもの
個性は個性
別に悪いことをしているわけじゃない
何を言われようと、堂々としていていい
みんな違って、みんないい



こういう経験があったからなのか、今の私には「人を差別をする」という意識がほとんどありません。

いや、この経験が、私から「差別」という意識をなくしたのかもしれません。

自分がされてイヤだったことは、人に対してもしたくないですからね。


だから、

見た目や職業、病気やその人の状況など、人と違うところを見つけて指摘する人、非難する人、差別的な発言に対しては、違和感しかありません。

「なんでそんなこと言うんだろう…」
「みんな同じ人間じゃない!」

 

そう思っていますから。


そんなフラットな考え方をするようになったのは、きっと小学校時代の経験からなのでしょう。

子供時代の経験は、今の考えや物事のとらえ方にも大きく影響するようです。